ヒ尻v句

August 0582015

 子狐の風追ひ回す夏野かな

                           戸川幸夫

夫が動物小説の第一人者だったことは、よく知られている。『戸川幸夫動物文学全集』15巻があるほどだ。彼の場合は愛玩動物ではなく、地の涯へ徐々に追いやられている野生動物に対する、優しいまなざしが深く感じられる文学である。掲出句も例外ではない。風に戯れている子狐に向けられる、やさしいまなざしにあふれている。野生に対するまなざし。「狐」は冬の季語だが、晩春のころに生まれて成長した子狐が、警戒心もまだ薄く夏の野原に出てきて、無心に風を追い回し戯れている光景を目撃したのであろう。加藤楸邨が狐を詠んだ句に「狐を見てゐていつか狐に見られてをり」がある。幸夫は戦前に取材の折に出会ったある俳人に、その後手ほどきを受けて俳句を作るようになったという。句文集『けものみち』の後書には、「物言はぬ友人たちのことを一人でも多くの方々に知っていただきたい…(略)…俳句もその一つ」とある。幸夫には他に「乳房あかく死せる狐に雪つもる」がある。内藤好之『みんな俳句が好きだった』(2009)所載。(八木忠栄)




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