giS句

March 1632016

 山麓は麻播く日なり蕨餅

                           田中冬二

になって山麓の雪もようやく消え、麻の種を播く時期になった。この麻は大麻(おおあさ/たいま)とはちがう種類の麻である。幼い頃、私の家でも山間の畠に麻を少し作っていた記憶がある。麻は織られて野良着になった。冬二が信州を舞台にして書いた詩を想起させられる句だ。詩を読みはじめた頃、それら冬二の詩が気に入って私はノートに書き写した。蕨餅を頬張りながら麻の種を播いているのであろうか。いかにも山国の春である。蕨餅は本来蕨の根を粉にした蕨粉から作られるところから、こういう野性的な名前がつけられた。今はたいていはさつまいもや葛の澱粉を原料にした、涼しげで食感のいい餅菓子である。春が匂ってくるようだ。京都が本場で、京都人が好む餅菓子だとも言われる。当方は子どものころ、春先はゼンマイやワラビ、フキノトウ採りに明け暮れていた時期があったが、蕨餅は知らなかった。蕨は浅漬けにして、酒のつまみにするのが最高である。歳時記には「わらび餅口中のこの寂蓼よ」(春一郎)という句もある。蕨ではなくて「蓬」だけれど、珍しい人の俳句を紹介しておこう。吉永小百合の句に「蓬餅あなたと逢った飛騨の宿」がある。平井照敏編『新歳時記・春』(1996)所収。(八木忠栄)




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