2016N43句(前日までの二句を含む)

April 0342016

 バケツなれば凹みもありし四月馬鹿

                           辻 征夫

つて、バケツはブリキ製でした。教室の隅に汚れたぞうきんとともに置かれていて、一応、掃除の時はぞうきんを絞ったり汚水を運んだりしていましたが、その存在は誰にも顧みられずにひっそりと佇むばかりです。時に、やんちゃ坊主はそれを叩いたり蹴飛ばしたので、学年度末のバケツは凹んだり歪んだりしていました。教室内の備品のヒエラルキーを考えてみても、教卓や黒板、チョーク入れ、定規などは生徒からみて正面に据えられた上部構造に位置するのに対して、掃除道具一式は下部構造といってよく、ブリキのバケツに関しては、小中高の12年間にわたって使用していたにもかかわらず、それを大切に扱いましょうという気持ちをもったことはありません。むしろ、教室内の備品の中でも、バケツはぞうきんと並んで最も蔑まれた存在でした。では、バケツ全般が軽蔑の対象になるのかというとそれは違います。かつて、北海道の冬の教室は、石炭ストーブで暖をとっていましたが、その煙突の下には、真っ赤なペンキを塗られた防火用バケツが水をたっぷりと溜めていて、ある種、厳かな存在感を発揮していました。悪ガキどもも、これを蹴飛ばしてはバチが当たると本能的に察知していました。一方で、ブリキのバケツは相変わらず日々の汚れを受け入れて、色も匂いもドブネズミみたいです。もし、辻さんが自嘲の句として、自分を四月馬鹿のバケツだと思っていたのなら、ブルーハーツのリンダリンダリンダみたいにその心は美しい。『貨物船句集』(2001)所収。(小笠原高志)


April 0242016

 囀や只切株の海とのみ

                           佐藤念腹

ろぼろだった昭和八年発行の『俳諧歳時記』〈改造社〉が修復されて戻ってきた。個人の修復家にお願いしたのだが、表紙から中身の一枚一枚まで色合いや手触りを残しつつすっかりきれいになり、高度な技術にあらためて感服した。その春の部にあった掲出句の作者、佐藤念腹は〈雷や四方の樹海の子雷〉の句で知られ、移住したブラジルで俳句創世記を支えたと言われている。雷の句のスケールの大きさと写生の力にも感服するが掲出句もまた、どこまでも続く開拓地の伐採跡を見渡す作者に、広々とした空から降ってくる囀りが大きい景を生んでいる。囀りは明るいが、目の前の広大な景色が作者の心にかすかな影を落としているようにも感じられ、簡単に言えない何かが十七音には滲むのだとあらためて思う。(今井肖子)


April 0142016

 四月馬鹿昨日のあひる今日も居て

                           伊藤俊二

が言うたか四月馬鹿・エイプリルフール(英語:April Fools' Day)・漢語的表現では「万愚節」または「愚人節」。毎年4月1日には嘘をついてもよいという風習である。4月1日の正午までに限るとも言い伝えられている。洒落た嘘の一つもついてみたいと長年の念願だったが未だに叶わない。閑話休題、どうでもいい事だが、「4月1日生まれ」は早や生まれとして扱われ一学年先に入学・卒業とさせられる。幼少期の一学年差は能力的にこの1日の差がきつい。私の母は戦時下のどさくさに紛れて小生を4月3日生まれと出生届を出したのかも知れぬ。おかげで小学校の勉学はその学年の最年長という立場で万事人一倍理解する事が出来た。高校・大学と進むにつれて地が出て落第すれすれに舞い戻ってしまったのは本人の努力意識の欠如の為。さて、あひる。昨日も今日も能天気にすいすいと水を泳いでいる。学力も出世も彼らには関係ない。ただただあるがままの等身大の「あひる」を生きている。何の進歩も見られずに今日も昨日と同じ日が暮れてゆく。『新版・俳句歳時記』(2012・雄山閣)所載。(藤嶋 務)




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