空の色の深い夏の日でも、 暑さのしのぎやすいときはある。 そんな日でも、蝉はいつもと変わらぬ声で 鳴き続け、暑苦しさを思い出させる。 港区愛宕山のふもとの国道一号線。 こんなアスファルトのかたまりのどこに 蝉がいるのかと耳を澄ませば、 街路樹の銀杏の木のなかだった。 重い足取りで歩いていくと、 (足取りが重いのは、暑いせいではないはずだ) 次の木にも、またその次の木にも 蝉がいて、前から後ろから鳴き声を降らせてくる。 その鳴き声を聞きながら、なぜそれが ミーンミンミンと聞こえるのか不思議に思う。 ではほんとうはどう鳴いているのか。 考えているうちに、蝉の鳴き声が 蝉の鳴き声として聞こえてきた。そのときは、 暑苦しいと思っていたことを少し 忘れていたような気がする。 空の色の深い夏の日でも、 暑さのしのぎやすいときはある。 今日はいつもより暑くないのだと思った。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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