白日夢



去年の暮は、 おじいちゃんが急に死んじゃってさ、 大変だったんだよ。 秋に風邪引いちゃってさ、 お医者さん行って薬もらってたんだけどさ、 二か月たっても治らないってんで、 そりゃ大事にしなきゃいけないよって、 まわりはもちろん言ってたんだけどさ、 本人はだいじょぶだいじょぶ、 なんて言っちゃって聞く耳持たなくってさ、 毎日仕事に行っちゃってたんだよ。 週の初めくらいからかな、 息がちょっと苦しいとか言い出したんだけど、 木曜日、 ちょうどクリスマス・イブだったんだけど、 朝からあんまり苦しいからお医者さん行ったんだってさ。 レントゲン撮ったら、 肺の下の方が真っ白でさ、 お医者さんびっくりして、 安静にしてなかったんですかって、 だから付き添ってった娘が、 毎日仕事行ってたって言ったら、 お医者さん呆れて、 えーっホントですかって、 そりゃそうだよな。 で即入院てことになったけど、 年末はどこの病院もいっぱいでさ、 あっちこっち断られて、 何時間も待ってさ、 ようやく市民病院に空きがあるってんで、 入院できてやれやれってところだったのよ。 娘ふたりで入院の手続きとかしてさ、 落ち着いたのは暗くなってからでさ、 ふたりがそれじゃあ帰るよって言ったら、 えー、寂しいよって言うからさ、 早く元気になんないと、 赤ちゃんのひ孫だって会えなくなっちゃうよって言ったら、 わかったって、 本人も帰る気満々だったんだよね。 そしたら翌日の朝、 六時前くらいだったかな、 電話かかってきて、 すぐ来てくださいって、 それから十分くらいして、 また電話かかってきて、 来れるのいつ頃になりますかって、 最初の電話から一時間もかからないで病院着いたんだけど、 あのキカイあるでしょ、 ぴっぴってやつ、 あれがもうゼロになっちゃっててさ、 みんなが揃ったらお医者さんがそれではって、 まぶたを開けてみて、 瞳孔が開いて心臓と呼吸が停止しているので、 六時五十三分、お亡くなりになりました、 ってことだったのよ。 なんでも、五時五十分頃にトイレに行きたいって本人が言って、 管やら何やらいろいろついているから、 看護師さんが外してやって、 自分で立ってトイレに行ったんだけど、 戻ってきたら息がどんどん薄くなっちゃって、 血中酸素も入院したときには九十いくつあったんだけど、 そのときは七十くらいになっちゃってたってことでさ、 あれよあれよって間に心臓が止まっちゃったってんだよね。 あとでみんなで言ってたんだけどさ、 たぶん、二度目に電話がかかってきたときには、 もう死んじゃってたんだろうね。 電話の返事次第で、 家族の前で死亡診断するかどうか決めようってことだったんじゃないの。 まあ、そんなこんなであっという間に亡くなっちゃったのよ。 八十四歳だったけど、 風邪ってだけのときに大事にしてたら、 まだまだ生きられた身体だったのにもったいないよな。 でも、身体が動かなくなったり、 ぼけちゃったりしないで、 苦しまずに死んだのは羨ましいようでもあるけど。 あんまりあっけなかったから、 娘の妹の方はおじいちゃんの顔触ってさ、 ああ、もうこんなに冷たくなっちゃったって言ってたよ、 一度ならず何度も何度も。 冷たくなったのを確かめないと、 亡くなったって信じられなかったんだろうな。 でもさ、亡くなったからってのんびり悲しんでなんかいられないんだよね、 葬式やんなきゃなんないからさ。 まあ、こっちはただ参加してただけだけどさ。 遺体を冷蔵庫に入れて年明けに葬式になっちゃうかもって話もあったけど、 二十九日にお通夜、三十日に告別式ができることになってさ、 で、間が空くからなのかな、二十七日に納棺の儀ってのもやることになって、 なんとか年内に終わったんだけどさ、 焼き場行ってひとつ寝たらもう大晦日だったんだよね。 夜になってお酒飲んでたら正月になってたってわけよ。 それでさ、 お通夜の二十九日だったかなあ、 その日の昼間は普通に仕事してたんだけど、 途中でうとうとしちゃってさ、 夢を見たんだ。 みんな大変だ大変だ遅れちゃうって 納棺式もやったそのおじいちゃんの家でばたばたしててさ、 ばたばたしてるってのは、 もちろんお通夜に出るためなんだけど、 自宅から棺が式場に向かうのを見送ったら、 ちょっと慌ただしく式場に向かわなきゃならないって、 聞かされてたんだよね。 で、忘れもしないトイレの前さ、 おじいちゃんにぶつかりそうになったんだよね。 おじいちゃんもばたばたしててさ、 急がなくちゃ急がなくちゃって、 最初は全然不思議に思わなかったんだけど、 あれ、みんながばたばたしてるのは、 おじいちゃん、 あなたのお葬式に行くためじゃないですか、 ってことに気づいたら目が覚めたわけ。 おじいちゃんもまだ死んだって思ってなかったんだろうね。


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