死んだ母



ある朝、 夢のなかに死んだ母が、 出てきた。 母はもう死んでしまったが、 そこは夢のなかだったので、 母は生きて動いていた。 しかし、 生きて動いていたと言っても、 若くて元気だった頃の姿ではなく、 病気で衰えた晩年の姿だった。 腰が曲がっていたから、 亡くなるまであと三年もない。 病院から退院してきたところだった。 「チクショー、チクショー」 と怒っていた。 母は不満をあまり口にせずに、 死んでしまったので、 このように怒っているのを見て、 何やら少しほっとした。 そして何を怒っているのか尋ねると、 「こんなカラダにしやがって」 と言う。 見ると、体じゅうから管が突き出していた。 そうか、病院が気に入らなかったのかと思って、 病院について批判めいたことを言うと、 「そうじゃない、お前だ」 と言う。 そんな無茶なと思いつつ、 私にも苦い思いがないわけではなかった。 母の看病は父に任せ切りだった。 母の具合が悪くなって、 父がうろたえて電話をかけてくると、 飛んでいって、 いっしょにうろたえるだけだった。 そうやって実家に泊まった翌朝、 母に、 「あなたはどなたですか」 と言われたことがあった。 実の母に自分のことを説明するのは、 難しいことだが、 何とか説明すると、 「そうですか、私にもそういう名前の子供がありました」 と言われた。 父はみるみる疲れていった。 私は動かなかった。 そのくせ、 みんな楽になれればいいのにと思ったことは、 一度ではなかった。 もちろん、それを口にしたことは一度もなかったし、 それを思ったときには、 すぐに思ったことを打ち消そうとしたが、 思ったという事実は消えなかった。 夢のなかの母は、 私を睨んでいた。 ああ、確かに私は楽になっていたのだ。 母の病気が悪くなってから、 これが何年続くのだろうかと思ったが、 続いたのは三年だけだった。 あとから振り返ることは簡単だ。 もうあれから三年近くたっているのか。 私は夢のなかの母を見ていることに、 耐えられなくなって、 目をあけた。 母は目の前から消えた。 死んでからも、 母はこうして私に殺されるのか。


(C) Copyright, 2003 NAGAO, Takahiro
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