出してない手紙



こんにちは、昔の人たち。 もうこの世にはいらっしゃらない皆さんに、 挨拶をしたくて筆をとりました。 筆をとりましたといっても、それはたとえ話で、 本当は筆なんか持っていませんが、 話すと長くなりますので、 筆を持っているというつもりで、 聞いてください。 それでは本題に入りますが、 皆さんは、未来に夢をお持ちでしたでしょうか。 なぜ、こんなことを言い出したかというと、 皆さんから見て、今は未来になるわけですが、 全然いいとは思えないのですよ。 確かに、自分が小さい頃でも、 こんな風に筆を持たないで手紙を書くことなんて、 想像も付かないことでした。 筆を持つよりは楽なんですよ。 こういうのを便利になったというのかもしれません。 でも、 代わりになくなっていったものがいっぱいあって、 胸のあたりがすうすうするんですよね。 そんなことを言っているのは贅沢なのかなあ。 でも、皆さんが未来の私たちのために、 と思って残して下さったものも、 もう何も残っていないんですよ。 正直言って、私たちは皆さんがいらっしゃったことさえ、 ほとんど覚えていないんですよね。 昔の人たちは、そんなことを言われても、 笑ってそれでいいんだ、って言ってくれるのかなあ。 それをちょっと聞いてみたかったんですよ。 でも、やめておきます。 実は、 ふだんは皆さんではなく、 未来の人たちに向かって書いているんですよ。 この手紙は、 念のため、 彼らのために取っておくことにします。 それではまた。 どうかお元気で。


(C) Copyright, 2012 NAGAO, Takahiro
|ホームページ||詩|
|前頁(机上の水練)||次頁(神輿)|
PDFPDF版 PDFPDF用紙節約版