りんご
ナオキくんがりんごを食べる。
小鉢に薄く切ったりんごが三切れ。
1/4個分というところだろうか。
まず一切れをかじる。
気がつくともう両手に一個ずつ握っていて、
かじってない方を口の前に持っていっている。
母親が「一個ずつでしょう?」と言って、
それを小鉢に戻させる。
気がつくともう両手に一個ずつ握っていて、
かじってない方を口の前に持っていっている。
母親はもう洗濯物を干しに行っているので、
今度は私が小鉢に戻させる。
気がつくともう両手に一個ずつ握っていて、
両方ともかじったあとが付いている。
こういうことで既成事実を作らせてはいけないのだ、
シツケのために、
と少し気合を入れて、
語調も少し強める。
ナオキくんは、えへへっ、と笑う。
前はこれでこちらがなごんでしまったが、
今はその手は食わない、さらにくどくど言う。
ナオキくんは、ハイ、と言って、
私にリンゴを渡す。
私が小鉢に戻す。
気がつくともう両手に一個ずつ握っていて、
小鉢のなかの一個にもかじったあとが残っている。
ああ、もう、うんざり。
母親は洗濯物を干し終わったはずなのに、
どこにもいない。
なんで最後までみてやらないんだ。
おれにばっかり押し付けやがって、
ついに爆発。
一つずつ食べろって言ってんのがわかんないのか!
ナオキくん、びっくり。
えへへっ、の笑い声もない。
いつの間にか戻って古新聞を片付けていた母親も、びっくり。
私も恥ずかしい。声を少し優しめに変えて、りんごを小鉢に戻させる、
それでも、
気がつくともう両手に一個ずつ握っていて、
小鉢のなかの一個にも、もちろんかじったあとがある。
母親が「さっきお父さんにも言われたでしょう?」と言って
一個を小鉢に戻させる。
「一人っ子ってのは、どうしても、独占欲が強くなるからなぁ。
オレは自分がそうだったからよくわかるのよ、大人になったら、
染み付いたのを抜くのが大変だからさぁ」などと母親に言う。
(そうそう、問題はシツケだったのである)
母親は「うんうん、わかるような気がする」と相づちを打つ。
(何がわかったのだろうか?)
ナオキくんは 腹一杯になって、
小さなかけらを三つ小鉢に残して、
隣の部屋に、だっだっだっだっ、と走っていった。
(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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