猫たち



軽い夕飯を手早くすませ 急いで着替える ナオキはパジャマに 父と母はよそ行きに さすがに変だと思って パパとママはどこ行くの? ナオキも行きたい と言われたときには ベビーシッターを呼んで ミュージカルなどに行こうとしたことを後悔した ほどなくベビーシッター到着 きれいなお姉さんだったのでナオキはすっかり気に入り 親なんかどうでもよくなってしまった お姉さんの言ってらっしゃいの声に送られて ホテルを出る 日本でも盛んに宣伝されていたCatsが T.S.Eliotの詩集を脚色したものだとは うかつにもロンドンに来るまで知らなかった 北村太郎の 「いいかい、猫にゃー三つの名前がぜったい必要なんだよ、 どんなやつでもさ」 という訳はよく覚えているし 挿し絵入りの原著も持っている 持っているだけだけどさ 地下鉄をHolbornで下り New London Theatreに向かって歩き始めたときには もうナオキを置いてきたことを忘れていた だって よそ行きを着ているんだもんな 彼女も母の顔から女の顔になっている 同じように劇場に向かう人々と車 パブの呼び込みの声もにぎやかで こんな気分は久しぶりだなと思う 芝居は舞台がいきなりぐるりと回って始まった ロックとクラシックをちゃんぽんにしたような音 客席に向かって猫が走ってくる でも二階の我々の席にははるかに及ばない その猫たちがさっと消えると舞台の上の方から 伊達猫登場 よく動く腰だ ひとしきり歌うと別の何とか猫が登場 また歌が続いて... それにしても結構長い セリフもわからないし退屈してきたところで 主役猫のめーもりーという歌が始まった さすがにそれはすばらしく 眠気が吹っ飛ぶ その歌が終わったところで休憩 後半が始まって 結構長くて 退屈してきたところで まためーもりー 主役猫は階段を上って天国に行ってしまった 詩集ではきっと天国に行ったりはしないんだろうなあ と思いつつ終わる 日頃の母の疲れがたまっている彼女は 途中で寝てしまったが めーもりーで起きて 眠かったけど感動した とのたまわった オレは寝なかったぞ 芝居がはねたあとも糸の切れた凧となって Sohoのインド料理屋に紛れ込んだりしていたので ホテルに帰ってきたときには日付が変わる寸前だった ナオキは一時間ほどで寝たそうだ ホテルの外でタクシーを捕まえ ベビーシッターを見送る 部屋に戻ると彼女が母に戻ってナオキの布団を直していた 枕元にはお姉さんが描いた車の絵があった 私が描いたものよりうまかった


(C) Copyright, 1996 NAGAO, Takahiro
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