若い女が死ぬところだった。日はまだのぼらず、薄い光が曖昧に漂い、沈んできた水蒸気は地上の死んでいるものにふれると一瞬のうちに氷結して付着し、苔のようにでたらめに光を反射した。女の頬の白い無数のうぶ毛は体液に濡れて光りながら風に波うち、白衣に包まれた女の胸はゆったりとした息で時に豊かになったが、女は確かに死ぬものと思われた。というのは、まっすぐのばされた手や足の先端から霜が付着して、赤紫色に腐敗してくずれ始めていたからである。霜が苔のように広がり、女の大きく黒い瞳までがついに完全に白くおおわれてしまった時、男は約束通り、女の体から子供を取り出した。母親と同じような真白い着物を着せてやると子供はにっこり笑って、おじちゃん嫌いよ、と言ったかと思うと、一人でまっすぐすたすたと歩いていってしまった。だんだん小さくなっていく子供の背をながめながら、これが自分を愛していた、確かに自分を愛していた筈の女の内部にいたものの言うことだろうか、と男はいぶかったが、とにかく子供の小さいながらもはっきりと黒く澄んだ瞳を見失いたいくなかったので、男はあたふたと子供のあとを追っていった。
日はまだのぼらず、薄い光が曖昧に漂っていた。あるいはもしかすると日はのぼらないのかもしれないのだが。
(C) Copyright, 1995 NAGAO, Takahiro
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