夜の散歩
眠れない夜、
寝床を抜け出して、
表に出る。
街は茹でられたように、
ふやけている。
酔って毛穴の開いたサラリーマンが、
ふわふわと歩いている。
私はシラフだ。
踏み切りを通過していったのは、
下りの最終電車。
小さな明るい箱にあんなに詰め込んで、
けたたましく駆け抜けると、
真っ暗な家々がしんと取り残される。
歩きながら表札を見る。
田辺 三木 伊藤 大前
そういう名前の人が、
何人か生きているのだろう。
すぐ目の前で。
とても信じられないが。
表通りに出ても、
開いている店はない。
走っているのはタクシーばかり。
時々笑い声や話し声が耳元を
ふっと通り過ぎる。
そのとき初めて、
洞窟のようなバーが、
そこにあったことに気付く。
歩き疲れた頃に真っ暗な公園が見えてくる。
滑り台とブランコとベンチ。
ベンチに横になる。
水蒸気が集まってきて露になるのを感じる。
からだじゅうに無数の露がしがみついてくる。
ここで眠ってしまうわけにはいかない。
立ち上がって露を払い落とす。
それでも潰れてするっと服に染みこむやつがいる。
公園の外にコンビニの看板が白く光っている。
若い男が三人、
黙ってマンガ本を見ている。
私もマンガ本を一冊取り上げる。
すぐにセックスシーン。
陰部以外が、
信じられないほど丁寧に描き込まれている。
一つ読み終わってから外に出る。
三人はまだ黙ってマンガを見ている。
通りはタクシーの数も減っている。
歩いている人間はほかにいない。
ところどころ空き地がある。
郊外に出てきたのだ。
多摩川の橋まで来ると、
夜は明けている。
奥多摩から流れてきて、
六郷に向かおうとしている水が、
はっきり見える。
白っぽい道に取り残された街灯が、
黄色く光っている。
登戸で始発に乗り、
椅子に座ってそのまま眠る。
ときどき目を開けると、
そこは新宿だったり、
生田の森だったり、
満員の通勤電車のなかだったりする。
お客さん終点ですよ、
の声に慌てておりると、
午前十時の相模大野だった。
日の光はなんて明るいんだろう
と思った。
(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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