鼻唄
九〇歳をすぎても元気だということは、
すごいことだ
たまたま飛び込んできた、
TVのワイドショウのカメラの前で、
鼻唄まじりにお手玉をしてみせて、
元気なおばあちゃんですねえと
スタジオのレポーターたちをわかせた。
それから半年もたたないうちに、
庭で転んで立てなくなり、
近所の病院に入院することになった。
同室は年寄りばかり、
昼間でも眠っているような部屋だった。
病院ではずっと寝たきりだったが、
たまに見舞いに来たひ孫の手をとって、
鼻唄を歌うこともあった。
よく聞き取れなかったが、
病院を出たときに何の唄だったのか思い出した。
いちにーさんしーごくろうさん、
ろくしちはっきりくっきりとーしばさん。
かなり昔のTVのCMだった。
誰も覚えていないような唄を、
どうして覚えていて、
そんな唄を知らないひ孫に、
どうして歌ったりしたのだろうか?
病院には丸二年いた。
久し振りに帰ってきた遺体の枕元で、
大往生という言葉が飛び交った。
葬式は参列者多数で、
自宅前の道が渋滞するほどだった。
享年九七歳。
(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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