八百屋の前を通りかかって
芋や大根をあさっている
エプロンかけたおばさんたちを
見ていたら
むしょうに人を殺したくなったが
誰も殺さなかった
私も世間並なのだな
と思って安心した
八百屋の隣の豆腐屋で
ずらりと整列した豆腐の角を
見ていたら
またむしょうに人を殺したくなったが
豆腐と納豆を買って
つり銭を勘定していたら
そんなことは忘れてしまった
私は自分の平和な性格に
あきれてしまった
家に帰って
豆腐と納豆を小鉢の中で
ぐちゃぐちゃにかきまぜていたら
またもやむしょうに人を殺したくなったが
まわりに殺す奴がいなかったので
蒲団を敷いて
その日はさっさと寝た
夢の中で私は
意味もなく私の命をねらう男に
ずっと追いかけまわされていた
いよいよつかまって殺される直前に
目が覚めた
朝の満員電車に乗って
前にグラリ後ろにグラリと振りまわされて
私はまたしても
むしょうに人を殺したくてしかたがなくなったが
身動きがとれなくて
誰も殺せなかった
その時私は
何故自分がこんな所にいるのか
わかったような気がした
(C) Copyright, 1995 NAGAO, Takahiro
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