中華街



Sohoの中華街は 横浜の中華街よりも 香港に似ているような気がした しかし香港よりも ロンドンに似ているような気もした 道の両側 どの建物もレストランだったので どこで食べたらよいのか迷った 外から値段がわかる 少しこぎれいな店にえいやっと入った 客はほかにいない ナオキの好きなラーメンと ママが好きな焼きソバ パパが好きなワンタンメンを頼んだ 飲み物はと聞かれて 結構と答えた 同じ東洋人の顔つきだが 英語で話した 厨房に戻ってオーダーを告げると 若い彼女は不機嫌になった こちらの方をちらちらと見ながら 訴えるような目で厨房のなかの男に大声でまくしたてている 聞いている方は メガネの向こうで笑いながら まぁまぁとなだめるような顔をしている もちろん、何を話しているかはわからない あれ、何かまずいことでもしたっけ? 飲み物を取らないといけなかったんじゃない? Excuse me. One beer, please! 彼女は大儀そうに腰を上げ ビールの栓を抜くと 中身が飛び出しそうな勢いで ドンとテーブルの上に置き スタスタと戻って 再び訴えるような目で厨房のなかの男にまくしたてている メガネの奥でニヤニヤ笑いながら彼は料理を作っている 料理ができ上がると 彼女はまたいやそうな顔をして皿を運び ドンとテーブルの上に置き スタスタと戻っていった 料理の味は横浜の中華街よりも 香港に似ているような気がした 少々しつこいが しょぼくれた日本の中華料理よりはうまいと思った そう思いながら 食べている日本人はしょぼくれて下を向いていた やっぱりお茶を頼むべきじゃないの? 妻の声に我に返ってExcuse me. Tea, please. 彼女の機嫌が少し直ったような気がしたのは 気のせいか? お勘定は13ポンドでお釣がきた お釣は置いてきた よその店と比べると格安だったね それにけっこうおいしかったしね 店を出てから満足したというような会話をしつつ 中華街には二度と来なかった


(C) Copyright, 1996 NAGAO, Takahiro
|ホームページ||詩|
|目次||前頁(馬車)||次頁(正確な時計)|
PDFPDF版
PDF実物スキャンPDF