遺言

園下勘治



あらしの夜には耐える木も こんな真っ昼間に倒れる どこかでささえてくれる手を 信じてみようとするからだ 伝えなければならない これをあなたに伝えなければ にくもこころも炎のなかに 巨きな炎には戻れない リレーのバトンを手渡すように 木々がひかりを引き継ぐように 伝え了えたら倒れたっていい? にぎりしめていたちいさなこぶしのなかに にくの目には見えないてのひらの奥に いまも託されているもののことを

Booby Trap No. 11



遺言-躊躇(ためらい)-虚構-回復-炎焔-暗号-乗物

躊躇(ためらい)

園下勘治



仮の世に煩悩だけがしんじつ 時計の針も 石庭の悟りも当てにならない 素足で歩くきみの回廊 心も肉に変わるから 木の葉の揺らぎ、一千年の陽溜り この祝福に耐えねばならぬ 風に乗って、川向こうから聞こえてくる 子守歌には耳をふさげ たとえつま先が水に濡れていても 波と波の結び目に紅い花びら もう戦いの相手さえ思い出せないけれど 心はやわらかいままにして この世の祝福に耐えねばならぬ

(連作・死のレッスン 3)



Booby Trap No. 13



遺言-躊躇(ためらい)-虚構-回復-炎焔-暗号-乗物

虚構

園下勘治



ローマの休日を観て思った 昔のスターは目の中に星がある 古い少女マンガの虚構だと思っていた あれは嘘っぱちさ、と今ではみんな まるで妖精のように あれは嘘っぱちさと今ではみんな 夢の中の夢こそが 忘れ去られた現実だなんて いったい誰が教えてくれただろう 夢の残像ばかりを追いかけて もう何も見ない目に星はなく セピア色の頭蓋の奥の空間へ 死んだ人が死んでいない 生きている人が死んでいる

(連作・死のレッスン 4)



Booby Trap No. 13



遺言-躊躇(ためらい)-虚構-回復-炎焔-暗号-乗物

回復

園下勘治



重力は魂をつなぎとめる だから地球上の生きものはみんな 万物を落ちるに任せている 夏の満月の夜の寂しさは この世に理由を持ってはいない 通信がこんなとき わずか頭にそそぐのだ 私たちが重力の檻を脱したら どんなメッセージが伝えられるのか あの悩みこの苦しみ、みんな 種族の輪廻が決めたこと 町で一番高い朝の木が 最初の輝きに満たされるとき 私たちはもう回復期にあると思う

(連作・死のレッスン 5)



Booby Trap No. 14



遺言-躊躇(ためらい)-虚構-回復-炎焔-暗号-乗物

炎焔

園下勘治



うすい桜いろした花びらの先端に やっと一滴が到達する こう書いて雨がふりだすんなら 海を燃やすのもわけないけど 火ということばで 燃えあがる目の奥にある森 何回だって燃える脳髄の灰 けしてほんとうに死んでしまわない 見つめると穴があくというのはほんと きみの視力がとてもいいなら 酸化していまこの紙は燃えている みんなみんなにせものの火 きみがいまマッチを擦って 火と書いたところを燃やしてください

Booby Trap No. 15



遺言-躊躇(ためらい)-虚構-回復-炎焔-暗号-乗物

暗号

園下勘治



人と人とが殺し合うのは素敵だと アドレナリンが、僕にメッセージを伝える 遺伝子情報が沸騰している 四月の微風、五月の瘴気 ネズミたちは知っている 気のせいか、確かに気のせいだ 心は確かに受信している 裏切るのは命 許せるのも命 くりかえしくりかえすのも やはり命 死神が教えてくれる愛もある 青い空に流れる白い雲、木の葉のみどり 樹よ、幸福に耐える術を教えてくれ

(連作・死のレッスン7)



Booby Trap No. 16



遺言-躊躇(ためらい)-虚構-回復-炎焔-暗号-乗物

乗物

園下勘治



ひとの世のあやまちはひととひととをつなぐ 霧の中のゴムボール投げのように 互いに煩悩を返礼する 愛が手段の性と愛が目的の性 まちがえば理解しあえる 遺伝子のひとり芝居 魂の乗り物をみがけと誰に言われた 現場を知らないシンカーのように うそつきは決して汚れない ひとはひとの中にしか罪が見えない 座席のない乗り物をみがいている だから魂の在りかが見えない 乗り物は行き先も告げずに出発する 憎しみも悲しみも置き去りにして

(連作・死のレッスン8)



Booby Trap No. 17


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