同一性



お父さんは朝になるとどこかに出かけ、 夜になるとどこからともなく帰ってくる。 友達に聞くと、 どこの家でもだいたいそうだという。 しかし、朝出かけたときと夜帰ってきたときとで 別の人のように見えるのはどうしたことだろう? 夜帰ってきたときと翌朝出かけるときとでは 特に変わったところはない。 出かけている間に入れ替わってしまうらしい。 どんな人になって帰ってきても、 私の名前は知っているようだ。 でも、この人たちはめんどくさそうに 今日は楽しかったかね? というようなことをお義理で尋ねて、 あとは生返事をしているだけなので、 本当に私のことを知っているのかどうかは心許ない。 どうしても気になるので、 ある日お母さんにきいてみた。 お父さんて本当は何人もいるんじゃないの? だってお母さんと比べて 朝と夜とで違いすぎるよ。 するとお母さんは顔を真っ赤にして、 そんなことはない、 お母さんだって夜になったら、 身体じゅうの毛が伸びて逆立つんだ、 お父さんだって少しくらい様子が変わることはある、 お父さんの方が違いすぎるというのは、 お前の気のせいだ、 お父さんは毎日大変なんだから、 これからは絶対そんなことを言ってはいけない。 とまくしたてた。 お母さんにきいてはいけなかったらしい。 そこである夜帰ってきたあるお父さんに 同じことを聞いてみた。 そのお父さんは、 お前も大人になったらわかるよ。 と言った。 大人にはなりたくないものだと思った。


(C) Copyright, 2000 NAGAO, Takahiro
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