化石

辻仁成



ジュラ紀のアンモナイトの化石を貰      った フランスでとれたものだとそれをくれた人は言 った とれたなんて果物みたいだね、と僕は笑    った 化石は脱け殻ではない    イメージ 実体ではなく 創造のデザイン 石になることの 圧倒的な存在感  しかも硬質な不在 アンモナイトを見つめることは 喋り尽くした 後の 虚しさに似ている どうしたいのか分からない 何をいいたいのか分からない その 不在を   埋める方法が浮かばない  きっと 僕が死んでも こいつの不在はどこまでも続く  意味なんてないくせに 勿体ぶって 寡黙になりすましている ・ 無口は卑怯だ 黙っていることで語り尽くしたりする 深読みをさせ 幻想を抱かせる ・ どうせ僕はお喋りだ でもな化石よ 無口がかっこよかった時代は 70年代までだよ お前は今の時代には きっともてない ・ お見合いパブなんて知らないだろう 喋らないともてないんだぜ 頑に世界を守ろうとしても 通用しない時代 不運な時に掘り起こされたものだ ・ 化石の奇跡 ・ 本当は 喋りたいんじゃないのかい お前を見ていると そういう気がしてならない ジュラ紀から今日までの 一切合切。

Booby Trap No. 8



化石-預かったもの-詩――本人校閲

預かったもの
    諏訪 優さんに

辻仁成



あなたが亡くなったのを 知っていると思っていた誰かが それなりの顔をして語る時 僕の中でやっとあなたは死んだ ・ あなたから預かっていたものがあった 僕は返すことが出来ない(もう) ・ あれは死ぬための 笑顔 お別れの挨拶 僕を祝福しに来てくれたのに ありあまった語彙も 言葉にしなければただの意味 ・ 死んだ後でみんな神様になる ・ コクトーが死んだ後の コクトー展のあの 意味のない行列 に 消費されていくコクトーを 喜んだのは 誰か ・ 何時のときも 人力飛行機をブームにした人達は みんな青空を目指して漕ぎはじめる 馬鹿みたいに 書を捨てて 家出をして 自殺をして ギターをかきならし ペダルを踏んで 飽きたら 卒業 ・ (いったい何からの) ・ でも預かっていたものを 返せずにいる僕は どうしたらいいのか ・ 何時のときも許せなかった自分がいる ・ 晴れた日 流れていく雲に 少し気後れしながら そして やっと一片の詩を生む ・ 有無

Booby Trap No. 8



化石-預かったもの-詩――本人校閲

詩――本人校閲


結局みんないつかは死ぬということを学ぶために今日を生きている ある日僕はふとしたことがきっかけで、そのふとしたことというのがまたよくわからないのだが、何か躓くような瞬間的 な出来事のせいで、迷い込んだ路地裏の、光りも射さない巧妙さの欠けた、馴染みのある街の一角で、破局的な怒声を聞 き、あれが何だったのかさえ知らされないまま、遠い故郷の、もう故郷は僕にはない「  」のだが、雪が積もった日の 匂いとか、犬がやたらに多かった日のぺニスの昂りを、女子中学生と林の中で絡め「  」あった舌の温もりに、でもカ ラスは冬の間境内のどこに隠れて、僕と僕ではないものとのことを見ながら、心臓が破けそうなほどの欲望に塗れて、空 からではなく、空気と空気の間から突然現れるぼた雪が、掌の上で溶けてゆくのを、あの子の乳房だけがやたらと鮮やか に、忘れることが出来ないのは、ぱっと散った血の美しさ、それとも艶めかしいその匂い、それは「   」雪の中を逃 げる兎の目に似て、これ以上誰をも引きつけることの出来ない「  」記憶と、その引喩「    」、そして尚ここに おいて声と身体の同一性は断たれ、僕は僕ではないものとの区別さえで「    」きず、永遠に彷徨う道を歩きだした 「     」わけで、その時僕は、僕ではないもの「  」の、もはや唯一者はロゴスという壇上にはもういなく、こ のようなエクリチュールの勝利は、僕の不在によって招いた危機であり、例えばそれを在るべきものと位置づけてもよく、 僕はだから、僕ではないもののせいで、興奮し、紛糾し、夢を食う夢に脅え、校閲から逃げまどい、そして僕自身に出会 いそうになる畏怖を抱き、雪の重みで下がってしまった空の重厚な弛みに、明日を思い、昨日を懐かしみ、また通いつづ けた路地を曲がり、自分が人間であることを思い出した。                  ―― 声は永遠に断たれた。あの声変わりが僕の                     もう取り返しのつかない過去の過ちまで浸                     食し「仕事は終わった」と呟かれた女が、                     エレベーターの中で一人泣いた。聖域に染                     みたひと雫の雨。挿入。削除。挿・・・・                     そして、あなたは、何の躊躇いもなくまた                     更新した文書のみを保存する。      ――                             1993年11月11日                                      辻仁成

Booby Trap No. 11


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