ドアマン氏



ホテルのドアマン氏は体格のよい初老の紳士だった 私たちがドアを通りかかると (私たちだけに限ったことではないが) 身体に似合わぬ高い声で はあろうと声をかけてきた それから腰をかがめてナオキに声をかけた ナオキには英語はわからないが 日本語もよくわからないので 日本語しかわからない私たちよりも ドアマン氏の英語がよくわかったのかもしれない ドアマン氏とナオキは仲良しになった 日本に帰るという日にドアマン氏に話しかけてみた うちのboyといっしょに写真を撮らせてもらえませんか? Sure! 記念撮影が終わると今度は彼が話しかけてきた うちでタクシーを呼んだら空港まで二〇ポンドで行けるよ 来るときのタクシーは四〇ポンド近くかかった それは安いということで じゃあお願いしますと言うと 彼はコンシェルジェに話をしに行った してみるとタクシーを呼ぶのは彼の仕事ではなかったわけだ タクシーが着くと 彼は妙に重い私たちのボストンバッグを運んでくれた ナオキと仲良くしてくれた若いポーターのお兄さんもいっしょだった ナオキはムニュムニュマン、ムニュムニュマン とわけの分からない言葉を連発してご機嫌だった ガイドブックには荷物一個につき一ポンドが相場だと書いてあった Thank you! Bye Bye!の握手のときにその一ポンドを渡した ドアマン氏は丸い硬貨をポケットにしまうと もう一度本当の握手だと手を差し出した 二度目の握手は一度目の握手よりももちろん感動的だった それから タクシーのドアが閉まりドアのこちらとあちらで手を振った タクシーが動き出した ポーターのお兄さんがMunyu-munyu-man Bye! Bye!と叫んで ホテルは見えなくなった


(C) Copyright, 1996 NAGAO, Takahiro
|ホームページ||詩|
|目次||前頁(スパゲティ)||次頁(免税店)|
PDFPDF版
PDF実物スキャンPDF