Fairy Tale


バスが丁字路を曲がって いつもの草っ原の前を通ると 草っ原のむこうに 昨日まで無かった超高層ビルの群れが 蜃気楼のように 建っていた バスの乗客たちは 呆気にとられて 口を開けながら 車窓を流れる景色を ながめていた 青空に指を突っ込んだような ビルの一つ一つの窓には 洗濯物のシャツやパンツやシーツが ハタハタと日の丸のように はためいていた このあたりの街 柏 松戸 我孫子といった街が 狭い面積の中に 一つにまとめられていたのだ そういう訳で バスに乗っていた私たちは 帰る場所を無くしてしまった バスの終点には 街の汚水を集めて プールのような池のようなもの ができていた 街からはじき出された私たちは 当然街の仕事からも解放された訳だから 気の早い奴は 気がつくともう服を脱いで 汚水のたまりで ゆったりと泳いでいた 汚水の独特の臭いも 慣れてしまえば気にならなくなり 濁った水が そこそこ透き通って見えるから 不思議なものだ 中には水底に落ち着いてしまって 胡座をかいて 煙草をスパスパ喫い始める者もいた 煙草の煙が水底から もやもやと立ちのぼり 水面から空中に拡がっていく様は 何やら妙に綺麗だった 泳げない私は 水面のあちこちで立ちのぼる 煙草の煙をながめながら 何を考えるでもなく 時が過ぎるのにも気付かずに ただぼんやりと佇んでいた


(C) Copyright, 1995 NAGAO, Takahiro
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