July 241996
青田中信濃の踏切唄ふごとし
大串 章
自註に、こうある。「昭和三十八年作。初めて信州に旅をした。大空のかがやき。青田のひかり。信州の緑の中で聞く踏切の音は都会のそれとは全く異なっていた」。先日私が新幹線から見た青田も美しかったが、新幹線に踏切はない。青田中から新幹線の姿を叙情的にうたうとすれば、どんな句になるのだろうか。『自註現代俳句シリーズ7・大串章集』所収。(清水哲男)
July 231996
夏痩せて釘散らしたる中にをり
能村登四郎
自然をうたう俳人が多いなか、登四郎は人間を数多く詠んできた。七十代の作者は、ちょっとしたはずみで手にした釘箱をひっくりかえしてしまい、呆然としている。若いころであればそんな自分に腹も立つが、いまはおのれの失策を老いの必然として自認する心境にある。誰にも訪れる老い。しかし、その自覚のきっかけはさまざまだ。だから、人間は面白いのだし、一筋縄ではいかないのである。『寒九』所収。(清水哲男)
July 221996
水打つてあそびごころの見えており
森 澄雄
水を打っているのは、作者の妻。眺めていると、ときどきとんでもないものにも水をかけている。木陰で昼寝中の猫だとか、届きもしない木の梢めがけてだとか……。「しようがないヤツだ」と苦笑する夫の内面には、妻への愛情がじわりとにじみでている。作者が間もなくこの妻を失うことになる事情を知って読むと、哀切限りない。『はなはみな』所収。(清水哲男)
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