August 091996
階下の人も寝る向き同じ蛙の夜
金子兜太
東京で暮らすようになってから、蛙の声などほとんど耳にしたことがない。少年期には山口県の山奥で暮らしていたので、蛙はごく身近な生物だったというのに。作者は、客として二階に布団を敷いてもらったものの、なかなか寝つけない。蛙の声しきり……。そんななかで、ふと気づいたおかしみである。兜太の力業も魅力的だが、初期のこうした繊細な神経の使いようも面白い。『少年』所収。(清水哲男)
August 081996
負け知らずメンコの東千代之介
仁平 勝
無季の句だと思うが、ひょっとすると歌留多などのように正月の部類に入れる人がいるかもしれない。そんなことはともかく、子供の頃の夏休みには、日没までメンコ三昧だった。敗戦後、四、五年のことだ。その当時、まだ東千代之介はメンコになりようもない存在だったから、私はもっぱら巨人の強打者・川上哲治を切り札に使っていた。それぞれの世代が時のヒーローを、東千代之介と入れ替えて読むと、理屈抜きで共感できる。ないしは、泣けてくる。こういう句も、あってよい。『東京物語』所収。(清水哲男)
August 071996
藷畑にただ秋風と潮騒と
山本健吉
文芸評論家・山本健吉の数少ない俳句作品の一つ。「ただ秋風と潮騒と」と言ってはいるが、古典に詳しい健吉のことであるから、秋風と共に芭蕉を思い、潮騒と共に人麻呂を思っていたかも知れぬ。但し、この句は石山での作でも、石見での作でもなく、島原の乱で有名な原城址での作。長崎県出身の健吉にとって、島原の乱はことのほか興味深かったようだ。(大串章)
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