1996N813句(前日までの二句を含む)

August 1381996

 夜の川を馬が歩けり盆の靄

                           大木あまり

想的な日本画を見るような趣き。夜といっても、深い夕暮れ時の光景だろう。この農耕馬にしてみれば、一日の仕事を終えた後の水浴の時だが、作者には死者の魂を現世に乗せてきた馬のように見えている。折りから川面には靄(もや)が立ちこめはじめ、一介の農耕馬も、この世のものではないような存在と写る。盆と水。そして、生物。この時季の日本人の情緒のありどころを、さりげない調子で描破した鋭さが見事だ。『火のいろに』所収。(清水哲男)


August 1281996

 炎天の老婆に無事を祝福され

                           瀧 春一

の暑いのに、よくまあご無事でここまでおいでなすってのう、と農道で顔見知りの老婆に声を掛けられる。やれやれ、この暑さでは外出も命懸け。いや待て、これはひょっとすると戦後の夏の復員兵の話ではなかったか。まもなく八月十五日。(井川博年)


August 1181996

 百日紅町内にまたお葬式

                           池田澄子

は、死の季節でもある。炎暑が病者の体力と気力を奪う。冷房装置が普及していなかったころは、なおさらであった。密集して咲く紅の花の下を、黒く装った人々が黙々と歩いている。そんな光景を傍見して、作者は「この暑さだもの……」とひとりつぶやいている。池田澄子は三十代の折り、たまたま目にした阿部完市の句に驚嘆し、突然俳句をつくりはじめたという。1989年に、第36回現代俳句協会賞を受賞している。『空の庭』所収。(清水哲男)




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