1996N815句(前日までの二句を含む)

August 1581996

 烈日の光と涙降りそゝぐ

                           中村草田男

戦の日の句。この句の情感に、いまでも心底から参加できるのは、六十代も後半以上の人々だろう。あの日の東京はよく晴れていた。七歳だった私にも、それくらいの記憶だけはある。しかし、正直に言って、この句の涙の本質は理解できない。ただ、作者の世代の辛酸の日々を思うのみ。人間には、安易にわかったふりをしてはいけないこともある。『中村草田男句集』(角川文庫・絶版)所収。(清水哲男)


August 1481996

 夏草に汽罐車の車輪来て止る

                           山口誓子

鉄の給料(父親の)で食わせてもらったせいか、引込線などに一輛だけとまっている蒸気機関車のことを思うと胸がとどろきます。中学生のとき出会ったと思われるこの句は、機関車のヒロイックな迫力を静かな状態で示してくれているようで、印象の深いものがあります。鉄サビや油や燃え尽きた石炭の匂いがなまなましい。ボクだとコドモの背丈で見上げているのです。(三木卓)


August 1381996

 夜の川を馬が歩けり盆の靄

                           大木あまり

想的な日本画を見るような趣き。夜といっても、深い夕暮れ時の光景だろう。この農耕馬にしてみれば、一日の仕事を終えた後の水浴の時だが、作者には死者の魂を現世に乗せてきた馬のように見えている。折りから川面には靄(もや)が立ちこめはじめ、一介の農耕馬も、この世のものではないような存在と写る。盆と水。そして、生物。この時季の日本人の情緒のありどころを、さりげない調子で描破した鋭さが見事だ。『火のいろに』所収。(清水哲男)




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