1996N825句(前日までの二句を含む)

August 2581996

 初秋の伊那の谷間のまんじゅう屋

                           森 慎一

那には行ったことがない。ただ子供の頃から、流行歌の「勘太郎月夜唄」で「伊那は七谷……」と、谷間の地であることは知っている。そんなことはどうでもよろしいが、読んだ途端に、このまんじゅう屋の饅頭を食べたくなった。饅頭なんて、ここ二、三年も食べた記憶はないけれど、この店の饅頭だけは食べてみたい。そんな気がしてきませんか。もっとも、作者はなにせ坪内稔典ひきいる「船団」のクルーなので、この店が現実には存在しないことも、十二分に考えられますが。だとしても、おいしそうな句であることに変わりはないでしょう。『風のしっぽ』所収。(清水哲男)


August 2481996

 さらば夏の光よ男匙洗う

                           清水哲男

たちは氷菓を上品に「匙」でつつきながらおしゃべりに余念がない。男は黙って匙を洗う。その匙に「夏の光」が射している。こんな夏ももうおしまい。『匙洗う人』所収。(多田道太郎)


August 2381996

 かなかなやまっしろおばけの宿題帳

                           岡田葉子

どもたちの夏休みも、あと十日。今年は九月一日が日曜日なので、一日もうかったと言う子もいるが、「まっしろおばけ」が相手ではどうにもならない。決して上手な句とは思わないけれど、読者に素朴に過去をふりかえらせてしまう力はある。この句は、平成元年の夏に発行された金子兜太編『現代俳句歳時記』(千曲秀版社)で見つけた。出た当時、さして話題にはならなかった歳時記だが、これが面白い。従来の歳時記にはなかった「雑(ぞう)」(すなわち、無季)の部があり、選句についてもこの句のような作品が採られているなど、意欲的だ。ただし、玉石混淆。思わず吹き出したのは、どんな歳時記にも麗々しく出てくる「松茸」の項目が、「茸」一般にすっぱりと格下げされていたところ。そうですよねえ。もはや「松茸」は庶民の食べ物ではなくなっているし、したがって庶民の文学の素材にはなりにくいですものね。(清水哲男)




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