1996N826句(前日までの二句を含む)

August 2681996

 赤とんぼ死近き人を囲み行く

                           永田耕衣

情的な作品とも読めるが、そうではないだろう。むしろ私には、不吉な幻想光景のように思える。「死近き人」とは必ずしも老人のことではなくて、幼い子供と読むことも可能だ。いずれにしても、作者はその人の死の間近さを直覚したのであり、その人はなにも知らずに赤とんぼの群れ飛ぶ道を歩いている。空は大きな夕焼けだ。つげ義春の漫画の一場面にでも出てきそうなコワーい句である。永田耕衣は今年96歳の現役俳人。阪神大震災で家が全壊するという不幸に見舞われた。最近作に「枯草や住居(すまい)無くんば命熱し」がある。『冷位』所収。(清水哲男)


August 2581996

 初秋の伊那の谷間のまんじゅう屋

                           森 慎一

那には行ったことがない。ただ子供の頃から、流行歌の「勘太郎月夜唄」で「伊那は七谷……」と、谷間の地であることは知っている。そんなことはどうでもよろしいが、読んだ途端に、このまんじゅう屋の饅頭を食べたくなった。饅頭なんて、ここ二、三年も食べた記憶はないけれど、この店の饅頭だけは食べてみたい。そんな気がしてきませんか。もっとも、作者はなにせ坪内稔典ひきいる「船団」のクルーなので、この店が現実には存在しないことも、十二分に考えられますが。だとしても、おいしそうな句であることに変わりはないでしょう。『風のしっぽ』所収。(清水哲男)


August 2481996

 さらば夏の光よ男匙洗う

                           清水哲男

たちは氷菓を上品に「匙」でつつきながらおしゃべりに余念がない。男は黙って匙を洗う。その匙に「夏の光」が射している。こんな夏ももうおしまい。『匙洗う人』所収。(多田道太郎)




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