1996N827句(前日までの二句を含む)

August 2781996

 欠伸して鳴る頬骨や秋の風

                           内田百鬼園

聊をかこつ男の顔が浮ぶ。作者は夏目漱石門下の異色、ユニークな随筆、小説で知られる。俳句は岡山六高在学中から始め、「夕焼けに馬光りゐる野分かな」など本格的な作品が多い。上掲作は「秋の風」が効果的。序でと言ってはなんだが、師漱石の秋風の句を一句、「秋風や屠られに行く牛の尻」。文豪夏目漱石が痔の手術で入院した時の作である(大串章)

[編者の弁解]ついに出ました内田ヒャッケン。編者としては、内心この日を怖れていたのです。というのも、百鬼園の「鬼園」は、本当は門構えの中に「月」と表記しなければならないのですが、悲しいかな、私のワープロEGWORD 6.0には外字作成機能がありません。で、とりあえずこの表記としました。ヒャッケンが、ひところ実際に「百鬼園」と号していたこともありましたので。


August 2681996

 赤とんぼ死近き人を囲み行く

                           永田耕衣

情的な作品とも読めるが、そうではないだろう。むしろ私には、不吉な幻想光景のように思える。「死近き人」とは必ずしも老人のことではなくて、幼い子供と読むことも可能だ。いずれにしても、作者はその人の死の間近さを直覚したのであり、その人はなにも知らずに赤とんぼの群れ飛ぶ道を歩いている。空は大きな夕焼けだ。つげ義春の漫画の一場面にでも出てきそうなコワーい句である。永田耕衣は今年96歳の現役俳人。阪神大震災で家が全壊するという不幸に見舞われた。最近作に「枯草や住居(すまい)無くんば命熱し」がある。『冷位』所収。(清水哲男)


August 2581996

 初秋の伊那の谷間のまんじゅう屋

                           森 慎一

那には行ったことがない。ただ子供の頃から、流行歌の「勘太郎月夜唄」で「伊那は七谷……」と、谷間の地であることは知っている。そんなことはどうでもよろしいが、読んだ途端に、このまんじゅう屋の饅頭を食べたくなった。饅頭なんて、ここ二、三年も食べた記憶はないけれど、この店の饅頭だけは食べてみたい。そんな気がしてきませんか。もっとも、作者はなにせ坪内稔典ひきいる「船団」のクルーなので、この店が現実には存在しないことも、十二分に考えられますが。だとしても、おいしそうな句であることに変わりはないでしょう。『風のしっぽ』所収。(清水哲男)




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