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September 1691996

 ジーパンをはき半処女や秋刀魚焼く

                           磯貝碧蹄館

処女という造語(?)が絶妙にして秀逸。いまどきの娘はみなそういうものです。作者は元郵便局員として有名。俳号の奇妙さでも有名。韓国の古戦場にちなんだ名というが、本当かしらん。(井川博年)


August 2282001

 台風や四肢いきいきと雨合羽

                           草間時彦

風圏にある人たちは、たいていが身を寄せ合うようにして家の内に籠もる。が、防災のために完全武装の「雨合羽(あまがっぱ)」姿で川や崖を見回る男たちだけは別だ。むしろ、日頃よりも敏捷で活気があり「いきいき」として見える。火事場に向かう消防団の男らも同様で、それは災厄に立ち向かい、大切な人命を守るべしという使命感とプライドから来るものだろう。そして私などは、子供の頃に台風が来るたびに自然に血が騒いだ覚えがあるが、そういうことも彼らの身のうちでは起きていて、一種の無邪気な興奮状態がますます「四肢いきいき」とさせているのだと思う。皮肉というほどではないけれど、そんな人間の本性がちらりと介間見えるような句だ。また一方では磯貝碧蹄館に、こんな句もある。「台風圏飛ばさぬ葉書飛ばさぬ帽」。郵便配達だ。こちらもむろん「雨合羽」姿だろうが、少なくとも「いきいき」と、と詠める状態ではない。むしろ、配達夫の「四肢」は縮こまっているのだ。前者が猛威に立ち向かう攻めの姿勢なのに対して、後者は徹底した守りのそれだからだろう。別の言い方をすれば、雨合羽がいわば「衣装」である者と「普段着」である者との違いである。郵便配達のみなさま、そして防災に尽力されるみなさま、ご苦労様です。くれぐれも、お気をつけて。『中年』(1965)所収。(清水哲男)


July 0272003

 夜間飛行機子と七月の湯屋を出て

                           磯貝碧蹄館

間の汗を流して、さっぱりした気分で「湯屋(ゆや・風呂屋)」を出た。おそらく「子」が見つけたのだろう。指さす方向を見やると、小さな赤い灯を曳きながら、音もなく「夜間飛行機」が飛んでいる。しばし、立ち止まって眺めている親と子。七月の夜の涼風が心地よい。風呂帰りの句は数あるが、月や星ではなく飛行機をもってきたところに、新しい涼味が感じられる。もっとも新しいとは言っても、作句年は不明なれど、現代の句ではない。まだ夜間飛行がとても珍しく、ロマンチックな対象として映画や小説、詩歌などに盛んに登場した時代の句だと思う。したがって、飛んでいるのはジェット機ではなくプロペラ機だ。いまどきのジェット機では、風物詩というわけにはまいらない。ところで飛行機の話だから話は飛ぶ(笑)が、地上からは一見悠々と飛行しているようには見えても、夜のパイロットはいまでも大変のようだ。風呂上がりのさっぱり気分どころか、緊張で脂汗を滲ませての飛行である。日本航空機操縦士協会(JAPA)のHPを見ると、自家用機から商用機にいたるまで、夜間飛行の危険に対する共通の注意事項が縷々指摘されている。私にもわかる項目のいくつかを抜き書きしておくと、次のようだ。(1)夜間の離着陸は、飛行場灯火のながれを見て速度を判断するが昼間の速度感覚よりも遅く感じられる。(2)夜間飛行中に空間識失調に陥った場合には回復が困難。(3)緊急事態になった場合に、夜間の不時着は困難。(4)乱気流に入った場合には、その揺れは強く感じられて、不安感も大きい。(5)夕暮れに着陸するときには、上空はまだ明るくても地上は早く暗くなっている。(6)電気系統が故障した場合には緊急事態につながる、等々。私などはこれに高所恐怖症も加わるから、一挙に湯冷めしそうな恐ろしい世界に感じられる。『俳諧歳時記・夏』(1968・新潮文庫)所載。(清水哲男)


November 02112007

 ロボットの腋より火花野分立つ

                           磯貝碧蹄館

集『未哭微笑』(みこくみしょう)の中の作者の近作。鉄人28号や鉄腕アトム(かなり古いけど)のような人の形をしたロボットを思い浮かべてもいいし、工場で何かの加工や組立に用いられている複雑な形の機械ロボットでもいい、自動的に動く機械のはざまから火花が出て用途に具するわけである。外は台風の兆がある。現代と自然との力技の調和が感じられる。これまでの情緒とすればミスマッチ。しかし、旧情緒と現実の風景がぶつかれば、必ずそこに違和感が生じる。そこからの造型や新ロマンの構築が見せ場。ミスマッチをマッチにする作者の力が問われる場面である。作者は一九二四年生まれ。この世代、多くは戦後に「社会性」や「職場俳句」の洗礼を受け「前衛」に若き情熱を燃やすが、時代の変遷とともに、花鳥諷詠か、それもどきに転ずる。もちろん最初から花鳥諷詠一徹の方もいる。どちらにしても加齢とともに、季題中心、自然諷詠中心の「やすらぎ」にからめとられていくわけである。肉体と精神のエネルギーが失われ、「自己」を俳句に乗せるのがシンドくなったとき、「楽になろうよ」と花鳥諷詠がポンと肩をたたく。その手を振り切って「今の自己」を俳句に打ち付けて同時代の新しいポエジーに挑戦する。そういう作者のこういう句にこそ本物の詩人の魂が存する。『未哭微笑』(2007)所収。(今井 聖)


November 20112008

 林檎買ひくる妻わが街を拡大せり

                           磯貝碧蹄館

は「拡大せり」の部分である。そのまま読めば林檎を買ってきた妻が自分が住んでいる街を大きくするのだろうが、いったいどんな具合なのだろう。魚眼レンズで覗いたように巨大な妻と林檎がいびつに大きく句の全面へ張り出してくるようだ。しかし、今までつまらなく見えていた街を拡大するのは「妻」だけでなく妻が抱えている「林檎」の鮮烈な色と香りなのだろう。林檎はいつだって暗い世相や街を明るくしてきた。戦後の荒廃した街には並木路子の「リンゴの唄」が流れ、うちひしがれた人々を力づけたというし、北原白秋の「君かへす朝の敷石さくさくと雪は林檎の香のごとく降れ」の短歌などは、林檎の香りを雪と結びつけたモダンな抒情を描き出している。くすんだ現実から別次元の世界へ拡大してくれるのが、赤くつやつやとした林檎の力と言えないだろうか。この句にはそんな林檎を抱えて自分の元へ帰ってきてくれた妻への賛歌とともに詠まれているように思う。『磯貝碧蹄館集』(1981)所収。(三宅やよい)


January 0112009

 賀状完配われ日輪に相対す

                           磯貝碧蹄館

けましておめでとうございます。家族そろってのお祝いが済んだあと、そろそろ年賀状が来ているかな、とポストを覗きに行く方も多いだろう。私が小さい頃、年賀状の束を取ってきて名前順に仕分けするのは子供の仕事だった。うちは総勢八人の大所帯だったので、兄と二人でせっせとより分けたものだった。小学校の頃は友達からくる年賀状の枚数が気がかりで、最初に自分の名前を見つけたときにはほっとした。今まではもらう側からばかり考えていたが、これは長年郵便配達を勤めた作者ならではの句。年賀状を待つ人々の元へ少しでも早く正確に届けようと、あふれんばかりの賀状を自転車に積んで暗いうちから働きだすのだろう。すっかり配り終えた充実感と仕事への誇りが「日輪に相対す(あいたいす)」という表現に感じられる。「賀状完配井戸から生きた水を呑む」の句も隣にある。今朝もそうやって働いてくれる人たちがいるからこそ賀状を手に取ることができる。今年一年、こんなふうに働く喜びを味わえる年でありますように。『磯貝碧蹄館集』(1981)所収。(三宅やよい)


July 3072009

 水中に母の隠れ家真桑瓜

                           磯貝碧蹄館

舎の裏庭の噴井戸に大きな真桑瓜がごろんと沈められているのだろう。冷蔵庫ではなく片蔭に置かれた盥や噴井に冷やされているスイカや瓜は懐かしく記憶に残る光景である。「隠れ家」という秘密の匂いのする言葉と真桑瓜が響きあって、とてもいい雰囲気だ。オール電化された今の家では家事も早々に終わってしまうけど、昔の母は忙しかった。子供達には夏休みがあるけれど、日常の家事に休みはない。朝から晩まで家族のために台所や畑で、忙しく立ち働く母親を大変だなぁと見ていたのだろう。ゆっくり休む時間も場所もないお母さんのために逃げ場所を作ってあげたいと願う心が涼しげな水中の真桑瓜に母の隠れ家を想像したのかもしれない。そう思うとしんとした水に沈んでいるうすみどり色の真桑瓜の影に小さな母が身体を伸ばして休んでいる様子が絵本の一場面のように浮かんできて楽しい。『磯貝碧蹄館集』(1981)所収。(三宅やよい)




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