1996N1028句(前日までの二句を含む)

October 28101996

 捨てられしこうもり傘や秋の風

                           ジャック・スタム

    autumn wind
    takes over a discarded
    old black umbrella  Jack Stamm
國滋・佐藤和夫監修 ジャック・スタム俳句集『俳句のおけいこ』(河出書房新社)より。この本は日本語と英語で書かれた「世界初の俳句集」である。作者は日本語と英語の両方で句を作った。こうもり傘は「ブラック・アンブレラ」というんですね。季語はもとより秋の風。古来より幾多の名歌・名句でうたわれ、我々日本人には肌に馴染みの感覚である。しかし、この句の捨てられたこうもり傘にも新しい「もののあわれ」がある。ジャック・スタムの句は、秋の句が優れている。スタムは芭蕉より鬼貫が好きだったというが、たしかに「まことの俳諧」の神髄をつかんでいる。(井川博年)

October 27101996

 漬物桶に塩ふれと母は産んだか

                           尾崎放哉

者は、鳥取市出身。鳥取一中から一高東大を経て一流会社に就職。現代の教育ママからすれば「一づくめ」の垂涎の的である道を、ある日突然のように妻子も捨てて、放浪生活に入った。このドラマチックな人生行路に引きつけられて、放哉(ほうさい)のファンになった読者は数知れず……。いわゆる自由律俳句である。場面は明瞭、句意も明瞭。この句が心に残るのは、単純で地味な「仕事とも言えない」仕事にたずさわらざるを得ないときの切なさに、誰しもが共感できるからなのだろう。人が生きていくなかでの寂寥のありどころを、短い言葉でずばりと言い当てている。無季。(清水哲男)


October 26101996

 鰯雲故郷の竈火いま燃ゆらん

                           金子兜太

火は「かまどび」と読ませる。望郷の歌ではあるが、作者はまだ若い。だから、そんなに深刻ぶった内容ではない。私が特別にこの句に関心を持つのは、若き日の兜太の発想のありどころだ。何の企みもなく、明るい大空の様子から故郷の暗い土間の竈の火の色に、自然に思いが動くという、天性の資質に詩人を感じる。兜太の作品のなかでは、あまり論じられたことがない句のひとつであろうが、私に言わせれば、この句を抜いた兜太論など信用できない。ま、そんなことはどうでもいいけれど、故郷の竈火もなくなってしまったいま、私などには望郷の歌であると同時に「亡郷」の歌としても読めるようになってきた。時は過ぎ行く。『少年』所収。(清水哲男)




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