1996N1029句(前日までの二句を含む)

October 29101996

 コスモスや今日殺される犬の声

                           國井克彦

常の不安の象徴的表現。そう読んでもよいのだが、これは実景である。場所は、韓国。昔、我が国の農家が飼い鶏を潰して客にご馳走したように、あちらでは食用の犬を潰して食卓に乗せるのが、最高のもてなしだった。この初秋、作者の訪れた家ではその風習が生きていて、到着するや「ご馳走しましょう」ということになった。コスモスの咲き乱れる庭の犬舎では「殺されるための」数頭の犬が鳴いている。夕食の犬料理は美味だったそうだが、帰国した今でも、そのときの犬の声が耳について離れないという。國井克彦は詩人。(清水哲男)


October 28101996

 捨てられしこうもり傘や秋の風

                           ジャック・スタム

    autumn wind
    takes over a discarded
    old black umbrella  Jack Stamm
國滋・佐藤和夫監修 ジャック・スタム俳句集『俳句のおけいこ』(河出書房新社)より。この本は日本語と英語で書かれた「世界初の俳句集」である。作者は日本語と英語の両方で句を作った。こうもり傘は「ブラック・アンブレラ」というんですね。季語はもとより秋の風。古来より幾多の名歌・名句でうたわれ、我々日本人には肌に馴染みの感覚である。しかし、この句の捨てられたこうもり傘にも新しい「もののあわれ」がある。ジャック・スタムの句は、秋の句が優れている。スタムは芭蕉より鬼貫が好きだったというが、たしかに「まことの俳諧」の神髄をつかんでいる。(井川博年)

October 27101996

 漬物桶に塩ふれと母は産んだか

                           尾崎放哉

者は、鳥取市出身。鳥取一中から一高東大を経て一流会社に就職。現代の教育ママからすれば「一づくめ」の垂涎の的である道を、ある日突然のように妻子も捨てて、放浪生活に入った。このドラマチックな人生行路に引きつけられて、放哉(ほうさい)のファンになった読者は数知れず……。いわゆる自由律俳句である。場面は明瞭、句意も明瞭。この句が心に残るのは、単純で地味な「仕事とも言えない」仕事にたずさわらざるを得ないときの切なさに、誰しもが共感できるからなのだろう。人が生きていくなかでの寂寥のありどころを、短い言葉でずばりと言い当てている。無季。(清水哲男)




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