1996N1030句(前日までの二句を含む)

October 30101996

 紅葉せり何もなき地の一樹にて

                           平畑静塔

化の日を中心にした今度の連休には、紅葉の名所にたくさんの人たちが繰り出すことだろう。それはそれで結構なことではあるが、名所の紅葉だけが紅葉ではない。たまにはこの句のような一樹にも、目をむけたいものだ。ところで、私が生まれてはじめて見た(!)本物の俳人は、静塔だったと記憶している。それこそ嵐山の紅葉の頃、京大の教室で行なわれた講演を聞きに行って、見た(!)のである。もう三十年以上も前の話。講演の中身はおろか、タイトルすらも忘れてしまった。(清水哲男)


October 29101996

 コスモスや今日殺される犬の声

                           國井克彦

常の不安の象徴的表現。そう読んでもよいのだが、これは実景である。場所は、韓国。昔、我が国の農家が飼い鶏を潰して客にご馳走したように、あちらでは食用の犬を潰して食卓に乗せるのが、最高のもてなしだった。この初秋、作者の訪れた家ではその風習が生きていて、到着するや「ご馳走しましょう」ということになった。コスモスの咲き乱れる庭の犬舎では「殺されるための」数頭の犬が鳴いている。夕食の犬料理は美味だったそうだが、帰国した今でも、そのときの犬の声が耳について離れないという。國井克彦は詩人。(清水哲男)


October 28101996

 捨てられしこうもり傘や秋の風

                           ジャック・スタム

    autumn wind
    takes over a discarded
    old black umbrella  Jack Stamm
國滋・佐藤和夫監修 ジャック・スタム俳句集『俳句のおけいこ』(河出書房新社)より。この本は日本語と英語で書かれた「世界初の俳句集」である。作者は日本語と英語の両方で句を作った。こうもり傘は「ブラック・アンブレラ」というんですね。季語はもとより秋の風。古来より幾多の名歌・名句でうたわれ、我々日本人には肌に馴染みの感覚である。しかし、この句の捨てられたこうもり傘にも新しい「もののあわれ」がある。ジャック・スタムの句は、秋の句が優れている。スタムは芭蕉より鬼貫が好きだったというが、たしかに「まことの俳諧」の神髄をつかんでいる。(井川博年)



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