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December 07121996

 辞表預り冬の銀座の人混みを

                           杉本 寛

れぞ人事句。この、一年でいちばん寂しい季節に、辞表を出した人の気持ちも切ないだろうが、受け取った側にもやはり切ない思いがわいてくる。辞表を鞄の中に収めたまま、さてどうしたものかと思案しながら、華やかな銀座通りを歩いていく。大勢の通行人。きらびやかなショー・ウインドウ。擦れ違う多くの人が「懐にボーナスはあり銀座あり」(榊原秋耳)などと大平楽に、つまりまことに羨ましく見えてしまうのでもある。(清水哲男)


December 12122001

 ボーナスやビルを零れて人帰る

                           辻田克巳

語は「ボーナス」で冬。六月にも出るけれど、十二月のほうがメインということだろう。最近は給料と同様に、銀行振込みの会社がほとんどだ。「列なして得しボーナスの紙片のみ」(丁野弘)なのだから、昔を知る人にはまことに味気ない。掲句は、現金支給時代のオフィス街での即吟と読める。ボーナス日の退社時に、ビルから人が出てくる様子を「零(こぼ)れて」とは言い得て妙だ。ボーナスの入った封筒を胸に家路を急ぐ人ばかりだから、みな足早に出てくる。まさか押し合いへし合いではないにしても、ちょっとそんな雰囲気もあり、普段とは違って溢れ「零れて」出てくる感じがしたのである。家では妻子が、特別なご馳走を用意して「お父さん」の帰りを待っていた時代だ。我が家では、たしかすき焼きだったと思う。そんな社会的背景を意識して読むと、句の「人」がみな、とてもいとおしく思えてくる。誰かれに「一年間、ご苦労さま」と、声をかけてあげたくなるではないか。昔はよかった。それがいつの頃からか、ボーナスが真の意味でのボーナスではなくなり、完全に生活給になってしまった。「ボーナスは赤字の埋めとのたまへり」(後藤紅郎)と、一家の大黒柱も力なく笑うしかなくなったのである。『新日本大歳時記・冬』(1999・講談社)所載。(清水哲男)




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