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December 16121996

 社会鍋ふと軍帽を怖るる日

                           田中鬼骨

会鍋は、救世軍の歳末慈善事業。軍服姿でトランペットを吹いたり、讃美歌を歌って募金活動を行なっている。東京では神田あたりに本部があると記憶しているが、定かではない。よく見かけるが、私は一度も募金したことはない。「軍」装にひっかかるのである。作者もここで、過去の軍帽の印象へと思わずも心が飛んでしまっている。もうひとつ、私はサイレンの音が嫌いだ。聞こえると、ビクリとする。瞬間、身構えてしまう。空襲警報に逃げまどった幼児期の記憶と重なるからである。大好きな春夏の高校野球大会のサイレンも含めて、聞きたくない。(清水哲男)


May 1252003

 早乙女のうしろしんかんたるつばめ

                           田中鬼骨

語は「早乙女(さおとめ)」で夏。田植えをする女性のこと。本義では田の神に仕える清らかな少女とされるが、現実的には田植えをする女性は老若を問わず少女とみなされたようで、誰もがみな早乙女なのである。田植えは辛抱強さが要求されるから、どちらかといえば女性に適った仕事だと思う。多くの句に詠まれている早乙女は、田植えを一気に片づけるために雇われた季節労働者だ。呑気に田植え歌などを歌いながらの仕事ではなく、日がな一日泥田を這い回る過酷な仕事をこなす女性たちのことだった。この句を読むと、作者が田植えの実践者であることがわかる。経験のない人には、なかなかこうは詠めない。というのも、後へさがりながら植えていく仕事だから、田植え人が気にするのは、いつも後方である。目の前にある植え終えた状態が成果なのではなく、後に残っっているスペースの狭さ広さが成果というわけだ。だから、自分とは無関係の田植えを見かけても、必ず反射的に「うしろ」を見てしまう。作者もそうやって見て、まだまだ「早乙女のうしろ」には広大なスペースが残されていている様子を詠んでいる。「しんかんたるつばめ」は単に黙って飛ぶ「つばめ」の状態を言ったのではなく、彼女らの後方に「つばめ」を飛ばすことで、残された仕事のための空間の大きさを暗示した言葉だと読める。漢字を当てるとすれば「森閑」よりも「深閑」に近いのかもしれないが、そのどちらのニュアンスも含めるために、あえて平仮名表記にしたのだろう。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


February 0522004

 春寒や竹の中なるかぐや姫

                           日野草城

語は「春寒(はるさむ)」。暦の上では春になっても、まだ寒いこと。「余寒(よかん)」と同義ではあるが、余寒が寒さに力点を置くのに対し、春寒は春に気持ちを傾かせている。「通夜余寒火葬許可証ふところに」(田中鬼骨)と、余寒はいかにも侘しい。掲句は想像句だが、しかし作者は実際の竹を見ているうちに着想したと思われる。いまごろの竹林は「竹の秋」間近で、いちばん葉の繁っているときだから、奥の方は昼なお暗い。しかしどうかすると、繁った葉から洩れてくる日差しがあたって、そこだけが美しく光っていたりする。と、ここまで見えれば、あと「かぐや姫」までの連想はごく自然な成り行きだ。なんだか、自分が竹取の翁にでもなったような気分になってくる。あの光っている竹をそおっと伐ってみれば、背丈わずかに三寸の可愛らしい女の子が眠っているはずだという想像は、外気が冷たいだけに、春待つ心を誘い出す。こんなふうに自然を眺められたら、どんなに素敵なことか、気が安らぐことか。一読して、たえずギスギスしている私はそう思った。『竹取物語』は平安期に、相当に教養のあった男の書いた話とされている。子供にも面白い読み物だけれど、大人になって読み返してみると、全編が当時の権力者への批判風刺で貫かれていることがわかる。単なるわがまま美女の物語ではなくて、かぐや姫は庶民に潜在していた「一寸の虫にも五分の魂」という気概を象徴しているのだ。しかし、体制はいまとは大違い。女性の地位も、現代では考えられないほどに低かった。したがって帝(みかど)の求婚まで断わるとなった以上は、死をもって償わねばならない。心優しい物語作者は、姫を満月の夜に昇天させるという美しいイメージのなかに、姫の自死を悼んだのだった。『日野草城句集』(2001・角川書店)(清水哲男)




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