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December 24121996

 聖菓切るキリストのこと何も知らず

                           山口波津女

とんどの日本人は、この句のようにふるまっている。宗教をムード的にとらえ、聖なる日を娯楽化してしまう国民的規模のセンスとはいかなるものなのであろうか。したたかなのか、単にお調子者なのか。かくいう私ももとより例外ではないけれど、とにかく不思議という以外にはない。小学校の低学年だった昭和二十年代前半には、私も友達もキリストやサンタクロースという名前すら知らなかった。まだあちこちの家には、煙突があった時代である。(清水哲男)


October 26101997

 けふ貼りし障子に近く墨を摺る

                           山口波津女

子を張りかえると、部屋の中が明るくなって新鮮な気分になる。その新鮮な気分で、作者はこれから物を書こうとして墨を摺(す)っている。ぴいんと張り詰めた気持ちのなかにも、どこか安らぎが感じられる句だ。障子貼りはあれでなかなか大変で、襖貼りほどではないにしても、けっこう神経の疲れる労働だ。子供の頃にはよく貼らされたものだが、不器用なので失敗ばかりしていた。我が家もそうだが、いまでは障子のない家庭も多い。子供たちは障子紙も知らないし、ましてや紙は障子の下方から貼っていくなどというテクニックも知らない。知らなくても不都合はないが、こうした句を味わえない不都合はある。白石三郎に「話しつつ妻隠れゆく障子貼」の一句。こんな日常茶飯事も、都会ではもはや懐しい光景となりつつある。(清水哲男)


November 25111998

 手袋を脱いで握りし別れかな

                           川口松太郎

同士の別れだ。いろいろな場面が思い浮かぶが、たとえば遠くに赴任地が決まり旅立っていく親友との駅頭の別れなどである。日頃は「手袋の手を振る軽き別れあり」(池内友次郎)程度の挨拶であったのが、もうこれからは気軽に会うこともできないとなると、お互いがごく自然に手袋を脱いで固い握手をかわすことになる。力をこめて相手の手を握り、そのことで変わらぬ友情を誓いあい、伝えあう。このような場合に手袋を脱ぐのはごく自然なふるまいだし、礼節の初歩みたいなものだけれど、脱ぐべきか脱がざるべきか、判断に迷うことが日常には多い。とくに、女性の場合は迷うのではなかろうか。映画で見る貴婦人などは、まず手袋を脱がない。それは貴婦人だからであって、貴婦人でない現代女性は、いったい着脱の基準をどのあたりに定めているのだろう。山口波津女に「花を買ふ手袋のままそれを指し」という句がある。こんな場面を句にしたということは、この行為が自分の価値基準に照らしてノーマルではないからである。本来ならば、手袋を脱いで店の人に指示すべきであったのだ。おタカくとまっているように思われたかもしれないという危惧の念と、急いで花を求めなければならなかった事情との間で、作者の心はいつまでも揺れ動いている。(清水哲男)


December 13121998

 煤籠り昼餉の時のすぎにけり

                           山口波津女

二月十三日は「事始(ことはじめ)」。地方によっては「正月始め」「正月起こし」とも言い、正月を迎えるための準備を始める日だ。関西では、現在でも茶道や花柳界などの人々がこの日を祝う。なかでも、京都祇園の事始は有名で、テレビや新聞でも風物詩として必ず紹介される。「京なれやまして祇園の事始」(水野白川)。そして昔は煤払い、松迎え(門松用の松を山から伐り出してくること)もこの日におこない、歳暮もこの日からだった。いよいよ年の瀬というわけである。煤払いは大掃除であるが、足手まといになる老人や病人、子供らは別室に籠らされた。狭い家だと、他家にあずかってもらう。これが「煤籠(すすごもり)」で、あるいは「煤逃(すすにげ)」とも言った。作者も煤から逃げて一室に籠っているのだが、昼餉の時を過ぎても、なかなか掃除は終りそうもない。お腹が空いてきていらいらもするけれど、若いものが頑張ってくれていることだし、それに年に一度のことなのだからと思い、ひたすら時間をやり過ごそうとしている。一人で長時間何もしないでいるのも、結構つらいものだ。(清水哲男)


December 24122004

 火が熾り赤鍋つつむクリスマス

                           小松道子

ち着くところ、このあたりが現代日本家庭でのクリスマスイブの過ごし方だろうか。「聖菓切るキリストのこと何も知らず」(山口波津女)でも、それで良いのである。家族で集まって、ちょっとした西洋風のご馳走を食べる。「赤鍋(あかなべ)」は銅製の鍋だから、句のご馳走は西洋風鍋料理だろう。「火が熾(おこ)り」、炎が鍋をつつむようになると、みんなの顔もぱっと赤らむ。ここで、ワインの栓を抜いたりする。TVコマーシャルにでも出てきそうなシーンだが、ささやかな幸福感が胸をよぎる頃合いである。その雰囲気が、よく伝わってくる。しかし私など、クリスマス行事そのものを小学校中学年で知った世代にとっては、こうした情景にまさに隔世の感を覚える。信じられないかもしれないが、私は十歳くらいまでサンタクロースを知らなかった。絵で見たこともなかった。物心つくころには戦争中だったので、少し上の世代ならば誰もが知っていた西洋常識とは、不運にも遮断されてしまっていたわけだ。そしてクリスマスのことを知ってからも、しばらくはイブというと大人たちがキャバレーなどで大騒ぎするイメージが一般的だった。キリスト者の景山筍吉が詠んだ「大家族大炉を囲む聖夜哉」というような情景は、ごく稀だったろう。「針山に待針植えて妻の聖夜」(原子公平)。いささかの自嘲が籠っている感じはするけれど、こちらが一般的だったと言える。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)


August 0182009

 虹立つも消ゆるも音を立てずして

                           山口波津女

東京にいますか、虹が出ています、というメールを、先月19日、近くに住む知人が送ってくれた。残念ながらメールチェックできたのはだいぶ経ってからで、空を見る余裕もなく慌ただしく過ごしていたため虹を見ることはできなかったが、大きくてくっきりした虹だったという、残念。虹が立つ時、空からきらきらしたメロディが降ってきたら確かに気づくのになあ、とこの句を読んで思った。でもそうすると、あ、虹・・・という出会いの感動は薄れてしまうかもしれない。ちょうどその時ふと空を見上げた人だけが共有できる虹との時間。ちょっと目を離していると虹は消え、空はいつもの空に戻って日が差している。そういえば、出てから気づく虹、空を見ていたらそこに虹が現れた、というのを見た経験がない。ふっと現れたのを見た、という人がいたが、消えてゆく時のようにだんだん、ではないのだろうか。この夏、色鮮やかな沈黙に出会わないまま、来週はもう秋が立つ。『図説大歳時記 夏』(1964・角川書店)所載。(今井肖子)


June 1362010

 香水の一滴づつにかくも減る

                           山口波津女

語は香水、夏です。香水壜の形や色の美しさはむしろ、秋の落ち着いた雰囲気につながるものがありますが、汗をかく季節に活躍するものということで、夏の季語になったのでしょう。それにしても、海外旅行の土産に、どうしてあんなに香水が幅を利かせているのだろうと思ったことがあります。考えてみればわたしなど、空港の免税店だけでしか香水と遭遇する機会はありません。もちろん使ったことなどありません。それでも、句の意味するところは感じ取ることができます。これまで、かすかな一滴づつしか使ってきていないのに、気がつけば壜の中はずいぶん減っています。自然に蒸発したわけでもなく、ほかの家族が無断で使った様子もないのであれば、この減りは間違いなく、ホンの一滴の集まりであるのだなと納得し、驚いてもいるわけです。読者は当然のことに、この一滴を、「時の推移」そのものに置き換えようとします。過ぎ去った日々を思うときに、もうこれほど月日は経ってしまったのかと、自分の年齢にあらためて驚いてしまう。そんな感情とつながっています。『俳句のたのしさ』(1976・講談社)所載。(松下育男)




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