1997N11句(前日までの二句を含む)

January 0111997

 利根川に引火するごと初茜

                           黒沢 清

茜は、初日の昇る直前の赤くなった東の空の色のこと。その茜色が、利根川の流れに引火しそうに鮮やかだというのである。元日の句にはおさまりかえった人事的なものが多いなかで、この句は荒々しい自然の息吹きを見事にとらえていて、出色である。多摩川でもなければ隅田川でもない。利根川の、いわば「生理」を描いているのだ。今年の元朝の利根川も、こんな様子だったのだろうか。(清水哲男)


December 31121996

 行く年やわれにもひとり女弟子

                           富田木歩

は、大晦日に師の家に挨拶に行く風習があった。正岡子規の「漱石が来て虚子が来て大三十日」の句は、つとに有名だ。まことにもって豪華メンバーである。そこへいくと木歩の客は地味な女人だ。が、生涯歩くことができなかった彼の境遇を思うと、人間味の濃さの表出では、とうてい子規句の及ぶところではない。たったひとりの女弟子のこの律儀に、読者としても、思わずも「ありがとう」と言いたくなるではないか。(清水哲男)


December 30121996

 しんかんたる英国大使館歳暮れぬ

                           加藤楸邨

ギリス大使館は、皇居半蔵門の斜め前にある。かつての仕事場(FM東京)に近かったので、そのたたずまいはよく知っている。いつもひっそりとしていて、なにやらミステリアスなゾーンに思えたが、とくに年末は楸邨の句がどんぴしゃり。まさに「しんかんたる」としか言いようがないのである。都会の寂寥。大使館の傍に福岡県の宿泊施設(福岡会館)があって、年末年始、他の店が閉まっている間は、よく食事をしにいったものだ。この時期、この会館もまた「しんかんたる」雰囲気につつまれる。今日もそこで、何人かの人が飯を食っている。(清水哲男)




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