リ山句

January 0311997

 初刷の選外佳作のうまさかな

                           木山捷平

和36年12月作。この句の選外佳作は小説であろうか、俳句であろうか。恐らくは俳句であろう。入選句ではなく選外佳作の方に面白味を見付けたところが、いかにもこの作者らしい。木山捷平の俳句はヘタな中にヘタの味というべきものがあって、余人には真似のできない句となっている。この句の季語は初刷。正確には新年に印刷されたものをいうが、この場合のように新年号を含むとしても良いだろう。『木山捷平全詩集』(講談社文芸文庫)所収。(井川博年)


July 2872010

 釣りをれば川の向うの祭かな

                           木山捷平

と言えばこの時季、夏である。俳句では言うまでもなく、春は「春祭」、秋は「秋祭」としなければならない。祀=祭の意味を逸脱して、今や春夏秋冬、身のまわりには「まつり」がひしめいている。市民まつり、古本まつり、映画祭……。掲句の御仁は、のんびりと川べりに腰をおろして釣糸を垂れているのだろう。祭の輪に加わることなく、人混みにまじって汗を拭きながら祭見物をするでもなく、泰然と自分の時間をやり過ごしているわけだ。おみこしワッショイだろうか、笛や鉦太鼓だろうか、川べりまで聞こえてくる。魚は釣れても釣れなくても、どこかしら祭を受け入れて、じつは心が浮き浮きしているのかもしれない。私が住んでいる港町でも、今年は氏神様の三年に一度の大祭で、川べりや橋の欄干に極彩色の大漁旗がずらりと立てられていて、それらが威勢よく風にはためいている。浜俊丸、かねはち丸、八福丸……などの力強い文字が青空に躍っている。氏子でもなんでもなく、いつも祭の輪の外にいる当方でさえ、どことなく気持ちが浮ついて、晩酌のビールも一本余計になってしまうありさま。三年に一度、まあ悪くはないや。漁港では今日も大きなスズキがどんどん箱詰めされて、仲買人や料亭へ配送されて行く。さて、これから当地名物のバカ面踊りや、おみこしワッショイでも見物してくるか。「祭笛吹くとき男佳かりける」(橋本多佳子)。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


January 0912013

 日の暮れて羽子板をはむ犬のあり

                           草野心平

子板市は十二月だが、羽子板は新年のもの。もともと「胡鬼(こぎ)板」と呼ばれていたものが、室町時代から羽子板と呼ばれるようになったという。おもしろいことに、羽根をつくのは幼児が蚊に食われないためのおまじないだったそうだ。江戸期から役者の押し絵を貼った高価なものが出まわるようになった。雪国の子どもだった私などにとって、正月の羽根つきやコマ回し、凧あげなどはとても信じられない絵空ごとだった。一日中、羽根つきで遊んでいた子どもも、日暮れ時にはさすがにくたびれ飽いて家に帰ってしまったのだろうか。庭か空地に置いたままになっている羽子板に、犬が寄ってきて舐めたりかじったりして戯れている光景。それを心平はきっと、正月の酒に昼からほろ酔いの状態で見るともなく見て、微笑んでいるのだろう。酔ったときの心平さんのうれしげな表情が見えるようだ。才人だった心平に意外や俳句は少ないようで、『文人俳句歳時記』(1969)にはこの一句しか収録されていない。木山捷平の句に「誰かいな羽子板が生垣においてある」がある。詩人の俳句はいずれもさりげないというか、気負いがない。「羽子板の役者の顔はみな長し」(青邨)。なるほど。(八木忠栄)


June 1862014

 梅雨樹陰牡猫が顔を洗ひ居り

                           木山捷平

が顔を洗うと雨が降る、という言い伝えを捷平は知っていて、この句を作ったのだろうか。梅雨どきだから、猫はふだんよりしきりに顔を洗うのだろうか。さすがの猫も梅雨どきは外歩きもままならず、樹陰で雨を避けながら無聊を慰めるごとく、顔を撫でまわしている。ーーいかにものんびりとした、手持ち無沙汰の時間が流れているようだ。猫はオスでもメスでもかまわないだろうが、オスだから、何かしら次なる行動にそなえて、顔を洗っているようにも思われる。猫の顔洗いはヒゲや顔に付いた汚れを取る、毛づくろいだと言われる。しとしとと降りやまない雨を避けて、大きなあくびをしたり、顔を洗ったり、寝てみたりしている猫は、この時季あちこちにいそうである。ちょっと目を離したすきに、どうしたはずみか、突如雨のなかへ走り出したりすることがある。捷平が梅雨を詠んだ句には「茶畑のみんな刈られて梅雨に入る」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


December 03122014

 とぎ水の師走の垣根行きにけり

                           木山捷平

や、師走である。「とぎ水」はもちろん米をといだあと、白く濁った水のことである。米をとぐのは何も師走にかぎったことではなく、年中のこと。しかし、あわただしい師走には、垣根沿いの溝(どぶ)を流れて行く白いとぎ水さえも、いつもとちがって感じられるのであろう。惜しみなく捨てられるとぎ水にさえ、あわただしくあっけない早さで流れて行く様子が感じられる。「ながれ行く」ではなく「行きにけり」という表現がおもしろい。戦後早く、牛乳が思うように手に入らなかった時代、米のとぎ汁に甘みを加えて、乳幼児にミルク代わりに飲ませている家が近所にあったことを、今思い出した。栄養不足で、母乳が十分ではなかったのだ。とぎ汁には見かけだけでなく、栄養もあったわけだ。寒さとあわただしさのなかで、溝(どぶ)を細々とどこまでも流れて行く、それに見とれているわずかな時間、それも師走である。とぎ水を流すその家も師走のあわただしさのなかにある。「師走」の傍題は「極月」「臘月」「春待月」「弟(おとこ)月」など、納得させられるものがいろいろある。野見山朱鳥の句に「極月の滝の寂光懸けにけり」、原石鼎に「臘月や檻の狐の細面」などの句がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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