January 271997
スケートの終り降る雪真直ぐなり
山崎秋穂
屋外のスケート場。レース途中から白いものがちらつきはじめ、終わって気がつくと、本格的な雪になっていた。熱戦の興奮が残る心には、激しい雪も心地よい。そんな場面だろう。句とは直接関係はないが、私は氷の張った田圃(たんぼ)の上でスケートを覚えたから、室内のリンクにはどうも抵抗を覚えてしまう。草野球とドーム野球の対比においても、また然り。いつだったか、スピード女子の花形だった高見沢初枝さんと話していたら、彼女は長野の田圃派だった。「いまの選手は恵まれ過ぎている」とも言った。(清水哲男)
November 152002
スケートの濡れ刃携へ人妻よ
鷹羽狩行
かつて「家つきカーつきババア抜き」なる流行語があった。1960年ころのことだ。若い女性の理想的な結婚の条件を言ったものだが、流行した背景には、まだまだ「家なしカーなしババアつき」という現実があったからだ。掲句は、そんな社会的背景のなかで読まれている。嫁に行ったら家庭に入るのが当たり前だった時代に、共稼ぎでの仕事場ならばまだしも、遊びの場に若い「人妻」が出入りするなどは、それだけで一種ただならぬ出来事に写ったはずだ。しかも「スケート」を終えた句の人妻は、いかにもさっそうとしている。「濡れ刃携へ」は即物的な姿の描写にとどまらず、彼女の毅然たる内面をも物語っているだろう。行動的で自由で、どこか挑戦的な女。作者は、そのいわば危険な香りに魅力を覚えて、「人妻よ」と止めるしかなかった。「よ」は詠嘆でもなければ、むろん嗟嘆などではありえない。強いて言うならば、羨望を込めた絶句に近い表現である。この句が詠まれてから、まだ半世紀も経っていない。もはや人妻がスケート場にいても当たり前だし、第一「人妻」という言葉自体も廃れてきた。いまの若い人には、どう読まれるのだろうか。『誕生』(1965)所収。(清水哲男)
January 192006
サンドイッチ頬ばるスケート靴のまま
土肥あき子
季語は「スケート」で冬。いいなあ、青春真っ只中。べつに青春でなくても構わないけれど、おじさんがこの姿でも絵にはならない。で、私のスケートの思い出。はじめてスケート靴をはいたのは、二十歳くらいだったか。大学の体育の授業で、スケート教室みたいなものが急遽ひらかれたときのことだ。急遽というのは、体育の単位は出席時間数に満たないと取得できない規定があって、この時期に正規の授業だけでは時間数が不足になることが明らかな学生を救済するための臨時的措置としてひらかれたからである。私は学生運動に忙しかったこともあり時間数が不足していたので、これ幸いと教室に潜り込むことにした。だが、申し込んではみたものの、スケートなんて一度もやったことがない。初心者でも大丈夫ということだったが、そこはそれ、変な青春の意地もあって、その前にひそかに特訓を受けることにしたのである。正月休みで帰省した際に、スポーツ万能の先輩に頼んで、東京の山奥(青梅だったか五日市だったか)にあった野外スケート場に連れていってもらったのだ。しかしまあ、行ってみて驚いた。リンクはなんと、田圃に水をはって凍らせたようなものでデコボコだらけ。そこを貸し靴で滑るのだから、手本を見せてくれた先輩がまず顔から氷面に突っ込んでしまうというハプニングが起き、まあ怖かったのなんのって。それでも、青春の意地は凄い。そんな劣悪なリンクでもなんとか滑れるようになって、大学に戻った。そして、授業本番。「岡崎アリーナ」という名前だったと思うが、室内のリンクでありデコボコなんてどこにもなく、その滑り良さに感激しながらの授業とはあいなったのだった。ああ、これがスケートというものか。すっかり気に入って、せっせと授業に通ったのはもちろんである。授業だから、まさかサンドイッチを頬ばるわけにはいかなかったが、掲句の楽しい気分はわかるつもりだ。「俳句αあるふぁ」(2006年2-3月号)所載。(清水哲男)
December 142008
スケートの紐むすぶ間もはやりつゝ
山口誓子
こころときめくものが、まだそれほどになかった時代。パソコンも、携帯電話も、ファミコンも存在しなかったわたしの中学生時代は、遊びの種類も限られていました。せいぜいボウリングや、クラスの仲間で行ったアイススケートは、それだけに特別な思い出として、よく覚えています。あるとき、クラスの男女20数人でスケート場に行って、無断で担任の先生の名を責任者として申し込み、団体割引で入ったことがありました。のちに先生に、そのことをこっぴどく叱られたことを、40年経った今でも思い出します。天井の高いスケート場は、場内に入ったとたんに、別の世界に迷いこんでしまったかのように明るく、多くの人の熱気に満ちていました。貧しい生活の、とくにこれといって華やかなことのない日常にとっては、かけがえのない晴れやかな体験でした。めったに履くことのないスケート靴は、不慣れなために、なかなかうまく紐が結べません。友は一人二人と先に靴をはき、細いエッジにふらつきながらも、すでに氷へ向かって歩いてゆきます。自分もはやくそうしたいというあせった思いの向く先は、自分の未来そのものだったのかもしれません。『合本俳句歳時記第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)
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