荳牙・ス驕疲イサ縺ョ句

February 1921997

 メロンパン体内すこし朧なり

                           奥坂まや

の句を、どうかメロンパンのように味わっていただきたい。というのも、以前、俳句雑誌ではじめて読んだときには、ひどく気に入った。友人たちにも、ずいぶんと吹聴してまわった。身体的に表現された抒情が、とても素晴らしいと感じられたからである。ところが、しばらくするうちに、一時的にだが、つまらなくも思われてきた。しょせんは、机上で考えた句じゃないか、小賢しい句だなどと……。しかし、またいつしか、やはりこの句は素敵だなと思い直したり、あっちへ行ったりこっちへ来たりと、私にとっては面倒な作品となってしまった。うーむ。「朧」は「おぼろ」。『列柱』所収。(清水哲男)

ロンパンの好きなひとにはすぐわかる。あのパンの衣をめくって見れば、ほら、ほのかに春の衣の朧ろなような明りが射して、あたかも胎内にいるよう……。朧をこのように見事に表現した例はない。メロンパンの句の傑作であろう。パンはパンでもあんパンなら三好達治に「あんぱんの葡萄の臍や春惜しむ 」があり、こちらもあんパン句の傑作であろう。奥坂さんはこの句集により俳人協会新人賞を受賞。一躍若手俳人のスターとなった。『列柱』所収。(井川博年)


February 1822001

 ひとり旋る賽の河原の風ぐるま

                           千代田葛彦

の知るかぎり、最も不気味にして印象的な風車の句。ご承知のように「賽(さい)の河原」は、死んだ幼な子がもっとも辛酸をなめさせられる場所だ。父母の供養のために石を積んで塔を作ろうとしていると、鬼が現われては壊してしまう。そんな苦しみの河原に、子供の大好きな玩具である風車が「ひとり旋(まわ)」っているというのである。「廻る」や「回る」ではなく「旋る」という字をあてたのは、「旋風(つむじかぜ・せんぷう)」の連想から、猛烈な風の勢いのなかでの回転を表現したのだろう。あの河原には、常に寒風が吹きあげている。春のそよ風に廻る風車には優しい風情があるけれど、揚句のそれはひたすら非情に回転しつづけているばかり。私のイメージでは、この風車は巨大なもので、しかも虚空に浮かんでおり、回転速度がはやいために色彩は灰色にしか見えない。「旋る」音も軽快な感じではなく、吹き上げる強風に悲鳴をあげているような……。こんなふうに想像を伸ばしていくと、どんどん怖くなりそうなので止めておくが、とにかく「賽の河原」に「風車」を持っていくとは、度肝を抜かれる発想だ。脱帽ものである。口直しに(笑)、三好達治の一句を。「街角の風を売るなり風車」。なんて詩人はやさしいんだろう。『合本・俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


March 1832002

 菜の花や渡しに近き草野球

                           三好達治

製印象派絵画の趣あり。色と光りと音の交響詩だ。「渡し」は渡し舟の発着する所、いわゆる渡船場(とせんば)である。江戸川の矢切の渡しなどが有名だが、昔は全国いたるところで見受けられた。群生する「菜の花」の黄色と、渡船場の水のきらめき。加えて「草野球」に興ずる人たちの大声や打撃する音。上天気の春の情景を、作者は上機嫌で伝えている。いささか道具立てが揃いすぎている感じもするが、すべてが澄んでいるので嫌みがない。そして、この詩趣に透明な哀しみのフィルターをかけてやれば、たちまちにして三好達治の詩の世界に入ることができる。たとえば「母よ――/淡くかなしきもののふるなり/紫陽花いろのもののふるなり/はてしなき並樹のかげを/そうそうと風のふくなり」(「乳母車」)。あらためて両者を読み比べてみると、詩人がいかに色と光りと音の捉え方に秀でていたかが、よくわかる。とかく詩人の俳句は、たくさんの事柄を詰め込もうとして失敗することが多いのだけれど、掲句もまたたくさんの事柄が詰め込まれているのだけれど、失敗していない理由は、この感覚に拠るものだ。決して、ゴテゴテと塗りたくらないのである。これはもう、天性の感覚というしかないだろう。『柿の花』(1976)所収。(清水哲男)


March 1332005

 街角の風を売るなり風車

                           三好達治

語は「風車(かざぐるま)」で春。中国から渡ってきた玩具で、中世のころから知られていた。春のはじめに多く作られたことから、春の季語とされたようだ。街角の風車売り。それだけで絵になるし、郷愁にも誘われる。その様子を風車を売っていると言わずに、「風を売る」と言い止めた。この句を読んで、「なるほど、上手いことを言ったものだ」と思う人もいるだろうし、逆に「きざっぽいなあ」とひっかかる人もいそうだ。はじめて掲句を知ったときの私は前者であったが,今では後者に傾いている。むろん、作者の洒落っ気はわかる。粋な味付けだ。だが最近の私は,こうした一種の機知をうとましく思いはじめた。四角四面に「風を売る」なんて嘘じゃないかと言うつもりは毛頭ないのだけれど、あまりにも作者の「どうだ、上手いもんだろ」と言わんばかりのポーズが鼻についてしまうからである。このあたり、俳句は短いがゆえに、鼻につくかどうかも紙一重だ。ま、小唄だと思って読めば、そう目くじらを立てることもあるまいが、このような機知の用いようは、ときに大きく物事の本質をはぐらかすほうに働く恐れは大だとは言っておきたい。もっとも、それが狙いさと言われれば,それまでだけれど……。それにつけても、ああ街角のセルロイドの風車。買いたいときには買えなかったし,買おうと思えば買えるようになったときには欲しい気持ちが失せていた。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


August 0882007

 千住の化ケ煙突や雷きざす

                           三好達治

立区千住の空にそびえていた千住火力発電所の「おばけ煙突」を知る人も、今や少数派になってしまった。「おばけ」と呼ばれたいわれはいろいろあるのだが、見る場所によって、四本の巨大な煙突が三本にも二本にも一本にも見えた。残念ながら、東京オリンピックの年1964年11月に姿を消した。私が大学生時代、山手線の田端か駒込あたりから、北の方角に煙突はまだ眺められた。掲出句で作者が立っている位置は定かではないが、近くで見上げているのではあるまい。煙突の彼方にあやしい雷雲が発生して、雷の気配が感じられているのである。今しもガラゴロと近づいてくる兆しがある。雷と自分のいる位置、その間に「おばけ煙突」が立ちはだかっているという、じつに大きな句姿である。「おばけ・・・」などと呼ばれながら、当時はどこかしら親しまれていた煙突だが、ここでは雷の気配とあわせて、やや剣呑をはらんだ光景としてとらえられているように思われる。「化ケ煙突」とはうまい表現ではないか。先般七月に起きた「中越沖地震」で大きな被害にあった柏崎地方の有名な盆踊唄「三階節」のなかで、雷は「ピッカラチャッカラ、ドンガラリン」と愛嬌たっぷりに唄われている。また「おばけ煙突」は五所平之助監督の名画「煙突の見える場所」(1953)の冒頭から巻末まで、ドラマの背景として登場していたこともよく知られている。達治は少年時代から句作に励み、生涯に1,000句以上残したという。玄人はだしの格調の高い句が多い。『定本三好達治全詩集』(1964)所収。(八木忠栄)


April 2142010

 あんぱんの葡萄の臍や春惜しむ

                           三好達治

暦の歳時記では四月はもう夏だけれど、ここでは陽暦でしばし春に足をとどめて春を惜しんでみたい。三好達治という詩人とあんぱんの取り合わせには、意外性があってびっくりである。しかも、ポチリと付いているあんぱんの臍としての一粒の葡萄に、近視眼的にこだわって春を惜しんでいるのだから愉快。達治の有名な詩「春の岬」は「春の岬 旅のをはりの鴎どり/浮きつつ遠くなりにけるかも」と、詩というよりも短歌だが、鴎への洋々とした視点から一転して、卑近なあんぱんの臍を対比してみるのも一興。行く春を惜しむだけでなく、あんぱんの臍である一粒の葡萄を食べてしまうのが惜しくて、最後まで残しておく?ーそんな気持ちは、食いしん坊さんにはよく理解できると思う。妙な話だけれど、達治はつぶあんとこしあんのどちらが好きだったのだろうか。これは味覚にとって大事な問題である。私も近頃時々あんぱんを買って食べるけれど、断然つぶあん。その懐かしさとおいしさが何とも言えない。いつだったか、ある句会で「ふるさとは梅にうぐひす時々あんぱん」という句に出会った。作者は忘れてしまったが、気に入った。達治は大正末期に詩に熱中するまでは、俳句に専心していたという。戦後は文壇俳句会にも参加していたし、「路上百句」という句業も残している。「干竿の上に海みる蛙かな」という句など、彼の詩とは別な意味での「俳」の味わいが感じられる。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


December 26122012

 ゆく年や山にこもりて山の酒

                           三好達治

かく年の暮は物騒なニュースが多いし、今どきは何となく心せわしい。毎年のこととはいえ、誰しもよけようがない年の暮である。喧噪の巷を離れて、掲句のようにどこでもいいから、しばし浮世のしがらみをよけ、人里離れた山にでもこもれたら理想的かも知れない。しかし、なかなか思う通りに事は運ばない。達治はもう書斎での新年の仕事をすっかり済ませ、さっさと山の宿にでもこもったのであろう。厄介な世事から身を隠して、山の宿で「山の酒」つまり地酒(それほど上等でなくともかまわない)を、ゆったりと心行くまで味わっているのだろう。「山にこもりて山の酒」の調子良さ。もちろん雪に覆われるような寒冷の地ではなく、暖かい山地なのだろう。そこでのんびりと過ぎし年を回顧し、おのれの行く末にあれこれと思いを馳せている。世間一般も、ゆく年は「山にこもりて」の境涯でありたいものと思えども、なかなか思うにまかせない。加齢とともに、ふとそんな気持ちになることがあるけれど、それができる境涯などユメのまたユメである。鷹羽狩行に「ゆく年のゆくさきのあるごとくゆく」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


April 2442014

 風車売居座る警備員囲む中

                           榮 猿丸

楽で賑わう公園の近辺に「物売り禁止」の看板があちこちにかかっている。隅々まで管理の行き届いた都会では「街角の風を売るなり風車」と三好達治が詠んだ牧歌的光景なんてない。しかし、この句にある滑稽な哀感は今の時代ならではのもの。囲まれてだんだんと意地になってくる風車売。力づくでどかすわけにもいかず、顔を見合わす警備員の困惑ぶりを考えると何となくおかしい。どんなトラブルも少し距離をおいてみると戯画的な要素を多分に含んでいる。ささいなことなのに「まあいいじゃない」と流せないのは、今の世の中が杓子定規で余裕がないせいだろうか。そんな思惑をよそにからから回る風車。このあと風車売りはどうなったのだろう。『点滅』(2013)所収。(三宅やよい)




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