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March 1731997

 韮青々と性欲純粋と思う

                           夏木陽子

は「にら」。ユリ科の多年草。というよりも、<レバニラ炒め>でおなじみの植物。句には、みずからの欲望と正対する姿勢が、韮の青さに託されてきっぱりと表現されている。若くあることの素晴らしさ。直球的感覚表現。性を曲球的に感じはじめるのは、個人差もあるだろうが、不惑の前後くらいからだろうか。このところ、渡辺淳一の『失楽園』が話題になっている。文体の甘さは気になるけれど、中年の性を直球的にとらえかえした労作だと思う。「こんなことをしていると、わたし達、地獄に堕ちるわよ」。ヒロイン凛子の直覚が、全巻を引っ張る。(清水哲男)


April 2042002

 韮粥につくづく鰥ごころなる

                           瀧 春一

語は「韮(にら)」で春。「韮の花」といえば夏季になる。また、「鰥(やもお)」は妻を失った男、男やもめのこと。さて、お勉強。なぜ大魚を一義とする鰥が、男やもめを意味するのか。調べてみようとしたが、私の貧弱な辞典環境ではわからなかった。どなたか、ご教示ください。作者が韮粥を食べているのは、ちょっとした風流心などからではないだろう。たぶん体調を崩してしまい、食欲もなく、粥にせざるをえなかったのだと思う。それでも白粥のままではいかにも栄養不足に思われ、庭の韮をつまんできて、気は心程度にではあるが少々の緑を散らした。こういうときに妻が健在だったら、もっと栄養価の高いものを食べさせてくれたろうに……。身体が弱ると、心も弱る。「つくづく鰥ごころ」が高じてきて、侘しさも一入だ。淡い粥のような味わいのある句。読者にもそんな環境の方がおられるだろうが、どうかご自愛ご専一に。蛇足ながら、たとえ鰥でも体調万全となると、一転してこんなへらず口を叩いたりする。「人生には至福の時が二度ある。一度目は妻となる女性がヴァージンロードを歩いてくる時。二度目は妻の棺桶が門から出ていく時」。なに、生涯「韮粥」とは無縁の国で暮らした可哀想な男のひとりごとです。『俳諧歳時記・春』(1968・新潮文庫)所載。(清水哲男)


April 2642004

 韮汁や体臭を売る私小説

                           花田春兆

語は「韮(にら)」で春。私は「韮汁」もレバニラ炒めなども好きなほうだが、韮の強い香りを臭気と感じて嫌う人も少なくない。作者も、いささか敬遠気味に食べているような気がする。「私小説」を読みさしての食事だろうか。あくどいばかりに自己を晒した小説と韮汁との取り合わせは、もうそれだけで「むっ」とするような雰囲気を醸し出している。加えて「体臭を売る」と侮蔑しているのだから、よほどその小説を書いた作家に嫌悪の念を覚えたのだろう。しかし、侮蔑し嫌悪しても、だからといって途中で放り出せないのが私小説だ。何もこんなことまで書かなくてもよいのに、などと思いつつも、ついつい最後まで引きずられ読まされてしまうのである。私小説といってもいろいろだけれど、共通しているのは、作者にとっての「事実」が作品を支える土台になっているところだ。読者は書かれていることが「事実」だと思うからこそ反発を覚えたり、逆に共感したりして引きずられていくのである。だいぶ前に、掲句の作者が書いた富田木歩伝を読んだことがあるが、実に心根の優しい書き方だった。良く言えば抑制の効いた文章に感心し、しかし一方でどこか物足りない感じがしたことを覚えている。たぶん「事実」の書き方に、優しい手心を加え過ぎたためではなかろうか。後にこの句を知って、そんなことを思った。ところで事実といえば、俳句も作者にとっての事実であることを前提に読む人は多い。いかにフィクショナルに俳人が詠んでも、読者は事実として受け止める癖がついているから、あらぬ誤解が生じたりする。古くは日野草城の「ミヤコホテル」シリーズがそうであったように、フィクションで事実ならぬ「真実」を描き出そうという試みは、現在でもなかなか通じないようだ。俳句もまた、私小説ならぬ「私俳句」から逃れられないのか。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


November 20112014

 韮レバと叫べば勇気世紀末

                           守屋明俊

韮は甘味があっておいしく、餃子に韮レバに、中華料理になくてはならない食材である。何だか気力が落ちてるな、とか元気を出したいときに食べれば活力が湧いてくる。力を込めて「ニラレバ」とガヤガヤうるさい店の調理場に聞こえるように注文する。その意気込みが「韮レバと叫べば勇気」なのだろう。それにしても「世紀末」の下五が凄い。もう二〇〇〇年はだいぶ過ぎてしまったけど世紀の変わり目の不安漂う中で「韮レバ」と元気よく注文して新しい世紀に乗り出すこんな句を作りたかった。掲載句と出会って思った。『守屋明俊句集』(2014)所収。(三宅やよい)




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