June 101997
起し絵やきりゝと張りし雨の糸
高橋淡路女
起し絵(おこしえ)は立版古(たてはんこ)ともいい、切り抜き細工絵の一種。芝居の場面や風景の絵を切り抜き、遠近をつけ組み立ててから燈火で見る。要するに、飛び出す絵本の原形だ。雨を表現するために、白い糸が前面に何本もぴんと張られた起し絵を、作者は見ている。「なるほどねえ」と、その技巧に感心している。浮世絵のような雨。今では味わえない祭りの夜の楽しみ。ところで、最近の「MACLIFE」(97年6月号)を見ていたら、デジカメを使った起し絵(デジタル・フォトモ)づくりが紹介されていた。街の看板や人物や家並みを適当に撮影してきてプリントアウトし、それらを切り抜いて遠近をつけて立体化し、飛び出す絵本にするという遊びだ。さらに、それをもう一度デジカメで撮影する(「お湯をかけて戻す」というそうだ)と、なかなか面白い空間が見えてくる。新時代の起し絵だが、やはり雨は白い糸で表現するしかないかもしれない。(清水哲男)
May 162003
起し絵の男をころす女かな
中村草田男
季 語は「起し絵(おこしえ)」で夏。昨日につづいて「死季語」の登場です。極彩色の錦絵、浮世絵に鋏を入れ、芝居の舞台などを立体的に組み立てる遊びで、江戸から大正にかけて流行した。言うなれば、元祖ペーパークラフト。関西では「立版古(たてはんこ)」と呼んだ。夏の縁側などにこれを置き、蝋燭の明かりで楽しんだことから夏季に分類されてきた。句は、子供時代の回想だろう。ゆらめく灯のなかに、いままさに「男をころす女」の姿が不気味に浮き上がっている。母親や近所のおばさん、お姉さんとは違って、こういう怖い女の人もいるのかと凝視した。でも、当時は自覚しなかったけれど、ただ単に怖いというのではなく、どこかでその女の人に魅かれていたことも確かだった。いまだに起し絵の情景を鮮かに思い浮かべられるのは、そんな仄かな性の目覚めがあったからである。と、単純な句柄ながら含蓄のある句だ。ところで、起し絵そのものは昭和期以降急速に廃れていったが、系譜はのちの少年雑誌の組み立て附録として受け継がれ、現代でも紙製ではないけれど、ジオラマ風の展示物として博物館などで見ることができる。図版は、園田学園女子大学のHPより借用した。ちょっと暗くて見にくいが、近松半二作『妹背山婦女庭訓』山の段(吉野川)の組み上げ絵である。『長子』(1936)所収。(清水哲男)
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