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July 0971997

 髪長き蛍もあらむ夜はふけぬ

                           泉 鏡花

かにもお化け好きの鏡花らしい句。明滅する蛍の舞う奥の闇に不気味を感じる人はいても、蛍そのものに感じる人は稀だろう。髪の長い蛍という発想。それだけで、一度読んだら忘れられない作品だ。作者は、あるいは女性の姿態を蛍に見立てたのかもしれないが、それでも不気味さに変わりはない。一種病的な感覚だと思う。病的といえば、鏡花の食中毒恐怖症もすさまじいもので、大根おろしも煮て食べたというほどだ。『鏡花全集』所収。(清水哲男)


December 23122000

 京に入りて市の鯨を見たりけり

                           泉 鏡花

者は、ご存知『婦系図』などで知られる小説家。師であった尾崎紅葉の影響だろうか、俳句もよくした。季語は「鯨」で冬。日本近海には、冬期に回遊してくるからだ。揚句に詠まれた情景は読んで字のごとしだが、「見たりけり」の詠嘆はどこから来ているのだろうか。おそらくは、こうである。嵐山光三郎の『文人悪食』によると、鏡花は極度の食べ物嫌悪症であった。黴菌に犯されるのを恐れ、大根おろしまで煮て食べたという。酒は徳利が手に持てないほどに沸騰させてから呑み、茶もぐらぐら沸かして塩を入れて飲んだ。この潔癖症は書くものにも伝染し、「豆腐」の「腐」の字を嫌って「豆府」と書いたくらいである。したがって、当然ゲテモノも駄目。それも彼の言うゲテモノは常軌を逸しており、シャコ、タコ、マグロ、イワシは「ゲテ魚」として、特に嫌った。そんなわけで、鏡花が鯨肉を好きだったはずはない。まともな人間の食うものではないと思っていたにちがいない。それが、京の市場にちゃんとした売り物として陳列されていたのだから、たまげた。一瞬、背筋に悪寒を覚えたはずだ。鯨肉なんて「ゲテ魚」は田舎まわりの行商の魚屋が担いでき、安価なので貧乏人が仕方なく食べるものくらいの認識だったろう。京の都などというけれど、こんなものまで食うようではねと、皮肉も混じっている。すなわち「見たりけり」には、見たくないものを見てしまったという「ぞーっ」とした恐怖の気持ちが込められている。けだし「ゲテ句」と言うべきか(笑)。『新日本大歳時記・冬』(1999・講談社)所載。(清水哲男)


July 1072004

 花二つ紫陽花青き月夜かな

                           泉 鏡花

明過剰とも見えるが、二三度読むうちにしっとりと落ち着いてくる。いかにも鏡花らしい句と思うからだろうか。先入観、恐るべし。「花二つ」が、句の生命だ。一つでは寂しいだけのことになり、三つ以上だと「月夜」にはにぎやかすぎて「青」が浮いてしまう。二つという数は関係の最小単位を構成するから、二つ咲いているのは偶然だとしても、人はその花と花とに何らかの関係を連想するのである。梅雨時の月光ゆえ、秋のそれのようには冴えてはいない。そんな光の中に、二つの紫陽花がぼおっと灯るように咲いている。お互いに寄り添うように、心を通わせるようにと、作者には思われたのだろう。この句については、鏡花の姪(のちに夫人の養女)である泉名月が次のように書いている。「十歳代の頃は、濃緑色の短冊の、この句を眺めると、月夜に咲く、二つの紫陽花の花を思い浮かべていた。幾年も星霜を重ねて、年月が経った今日この頃、花二つの紫陽花の意味は、一つの花は詩情、一つの花は画情をさすのであろうかと、こう、思いめぐらすようになってきた。それとも、二つの花は、人と花、芸と人、恋人二人、現実と浪漫、、それとも、そのほかの、さまざまな深い思いが、花二つの中に、込められているのかも知れないと思ったりする」。と、いろいろに読める句だ。今年も、そろそろ紫陽花の季節が終わろうとしている。『父の肖像2』(2004・かまくら春秋)にて偶見。(清水哲男)


May 0952007

 船頭も饂飩うつなり五月雨

                           泉 鏡花

にヘソマガリぶるつもりはないけれど、芭蕉や蕪村の五月雨の名句は、あえて避けて通らせていただこう。「広辞苑」によれば、「さ」は五月(サツキ)のサに同じ、「みだれ」は水垂(ミダレ)の意だという。春の花たちによる狂躁が終わって、梅雨をむかえるまでのしばしホッとする時季の長雨である。雨にたたられて、いつもより少々暇ができた船頭さんが、無聊を慰めようというのだろうか、「さて、今日はひとつ・・・・」と、うどん打ちに精出している。本来の仕事が忙しいために、ご無沙汰していたお楽しみなのだろう。雨を集めて幾分流れが早くなっている川の、岸辺に舫ってある自分の舟が見えているのかもしれない。窓越しに舟に視線をちらちら送りながら、ウデをふるっている。船頭仕事で鍛えられたたくましいウデっぷしが打っていくうどんは、まずかろうはずがない。船頭仲間も何人か集まっていて、遠慮なく冷やかしているのかもしれない。「船頭やめて、うどん屋でも始めたら?」(笑)。あの鏡花文学とは、およそ表情を異にしている掲出句。しかし、うどんを打つ船頭をじっと観察しているまなざしは、鏡花の一面を物語っているように思われる。鏡花の句は美しすぎて甘すぎて・・・・と評する人もあるし、そういう句もある。けれども「田鼠や薩摩芋ひく葉の戦(そよ)ぎ」などは、いかにも鏡花らしく繊細だが、決して甘くはない。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


November 02112011

 かまきりや霜石仏遠木立

                           長谷川伸

一月は霜月。霜は本格的な冬の前兆だが、言葉の響きはどこやらきれいな印象を与える。「露結びて霜とはなるなり。別物にあらず」(『八雲御抄』)と書かれたように、古くは、霜は露の凍ったものと考えられ、「霜が降る」と表現された。現在は通常、霜は「おりる」「置く」と表現される。掲句は霜のおりた野の石仏に、もう弱り切ったかまきりがしがみつくように、動かずにじっととまっている姿が見えてくる。あるいはもうそのまま死んでしまっているのかもしれない。背景遠くに、木立が寒々しく眺められる。十七文字のなかに並べられたかまきり、霜、石仏、木立、いずれも寒々とした冬景色の道具立てである。これからやってくる本格的な冬、それをむかえる厳しい光景が見えてくるようだ。一見ぶっきらぼうなようでいて、遠近の構成は計算されている。季語「霜」の傍題の数は「雪」に及ばないけれど、霜晴、深霜、朝霜、夕霜、強霜、霜の声、……その他たくさんある。「夕霜や湖畔の焚火金色に」(泉鏡花)「霜の墓抱き起されしとき見たり」(石田波郷)などの霜の句がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


October 16102013

 来るわ来るわ扱(こ)くあとへ稲を引担(ひつかつ)ぎ

                           泉 鏡花

々稲刈りは機械化し、時期も早くなっているようだ。だから、今の時期はもう晩稲もとっくに米粒となっておさまっているだろう。しかし、あの鏡花にしてこの滑稽味あふれる一句を、ここでとりあげておきたい。「扱く」は「脱穀」のことで、機械が籾を扱く。「稲扱き」とも呼ばれる。掲句は稲扱きの作業風景を詠んでいる。私などは農家の子として、田植えに始まって、稲刈り、稲扱きまで手伝わされたから、この句にはどうしても心が寄ってしまう。作業場に高く積み上げられた稲が、脱穀機のそ脇に次々に運ばれてくる。脇に立ってそれを脱穀械で扱く父親に一束ずつ突き出すのが、私の役割だった。機械から撒きあがる細かい稲塵が首のあたりから入るから、チクチクしてたまらなくせつない。でも稲の山はなかなか減らない。夜の作業だとチクチクするやら眠いやら。「来るわ来るわ」に始まって、「引担ぎ」で止めるまで、鏡花にしては滑稽味あふれる描写である。「引担ぎ」に作業のリアリティーがこめられていて、しかも可笑しさが感じられる表現だ。つい自分の子どもの頃のしんどかった作業経験を重ねてしまったけれど、今は田んぼで機械が稲を刈り取り、一挙に籾にして袋詰めしてしまう。あの忘れもしないチクチクは、今や昔のモノガタリ。鏡花には他に「片時雨杉葉かけたる軒暗し」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


May 1352015

 新築の青葉がくれとなりにけり

                           泉 鏡花

である。山と言わず野と言わず、青葉が繁って目にしみるほどにムンムンとしている季節である。植物によって青葉の色彩に微妙なちがいがあるから、さまざまな青葉を味あうことができる。見晴らしのいい場所に少し前に新築された家(あるいは新築中でもよかろう)は、おそらく作者を注目させずにはおかない造りなのだろう。どんな家なのだろう? いずれにせよ、家の新築は見ていても気持ちがいいものだ。鏡花が注目する「新築」とは……読者の想像をいやがうえにもかき立ててやまない。つい先日までは、まるまる見えていたのに、夏らしくなって青葉がうっそうと繁り、せっかくの家を視界から隠してしまった。残念だが、夏だから致し方ない。とは言え、この場合、作者は青葉を恨んでいるわけではない。「やってくれたな!」と口惜しそうに、ニタリとしているのかもしれない。「新築」の姿もさることながら、いきいきと繁ってきた「青葉」もじつはうれしいのである。鏡花には他に「花火遠く木隠(こがくれ)の星見ゆるなり」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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