August 071997
夜の蝉人の世どこかくひちがふ
成瀬櫻桃子
時たま、夜に鳴く蝉がいる。虫ではあるが、一種の人間的な狂気を感じて恐くなったりする。自然の秩序から外れて鳴くそんな蝉の声を耳にして、作者は、ともすれば人の世の秩序から外れてしまいそうな我が身をいぶかしく思うのである。いかに努力を傾注してみても、くいちがいは必ず起きてきたし、これからも起きるだろう。みずからもまた、夜鳴く蝉にならないという保証はないのだ。何が、どこでどうなっているのか。突き詰めた詠み方ではないだけに、かえって悲哀の感情が滲み出てくる。『成瀬櫻桃子句集』(ふらんす堂・現代俳句文庫)所収。(清水哲男)
August 061997
広島の忌や浮袋砂まみれ
西東三鬼
黙祷。すべての理不尽な戦争によるすべての犠牲者の無念の魂に。(清水哲男)
August 051997
自転車の灯を取りにきし蛾のみどり
黒田杏子
飛んで灯に入る夏の虫。虫たちの愚かなふるまいを嘲笑った昔の人も、一方では、灯を取りに来る存在として彼らの襲来に身構えるのであった。蝋燭などのか細い灯だと、たちまち彼らに取られてしまうからだ。なにしろ命がけで取りに来るのだから、たまらない。これは、ランプ生活を余儀なくされた少年時代の、私の実感でもある。そこへいくと現代の虫たちは、命と引き換えに灯を取ることもなくなった。せいぜいが打撲(?)程度ですむ。見られるように、作者もここでむしろ抒情的に灯取虫を観察している。「みどり」に見えるのは光源の関係だろう。『一木一草』所収。(清水哲男)
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