August 221997
定位置に夫と茶筒と守宮かな
池田澄子
守宮は「やもり」。夏の夜に出てきて、天井や門灯に手をひろげてぴったりと吸いつく。この場合は、ダイニング・ルームの窓ガラスに、外側から貼りついているのである。ここ数日、いつも同じ場所にいる。気色はよくないが、ふと気がつくと、夫もいつもの席、茶筒もいつものところに鎮座しており、なんだかおかしさがこみあげてきた。誰が決めたわけでもないのに、家庭内の人や物が、いつの間にかそれぞれの位置におさまっている面白さ。そこにもうひとつ家庭とは無縁の守宮を加えてみせたところに、作者の面目がある。この句を読んだ「夫」の感想を聞いてみたい。『空の庭』所収。(清水哲男)
May 142011
守宮出て全身をもて考へる
加藤楸邨
今、守宮と住んでるんですよ、家族みんなで、先生って呼んでます・・・と知人が言っていたのを、この句を読んで思い出した。そういえば守宮ともしばらく会っていない。守宮は、壁に、窓に、ぺたりとはりついてじっとしている。その様子は、まさに沈思黙考、先生と呼びたくなるのもわかる。イモリの前肢の指が四本なのに対して、守宮の指は五本であることも、ヒトに引きよせて見てしまう理由だろう。守宮の顔をじっと見たことはないなと思い調べると、目が大きく口角がちょっと上がっていてかわいらしく、餌をやって飼っている人もいるらしい。ちょうど出てくる頃だな、と守宮と同居していた古い官舎をなつかしく思い出した。『鳥獣虫魚 歳時記』(2000・朝日新聞社)所載。(今井肖子)
May 272014
抱く犬の鼓動の早き薄暑かな
井上じろ
初夏の日差しのなかで、愛犬と一緒に駆け回る楽しく健康的なひととき。本能を取り戻した犬の鼻はつやつやと緑の香りを嗅ぎわけるように得意げにうごめき、心から嬉しそうに疾走する。それでもひとたび飼い主が呼び掛ければまっしぐらに戻ってくる。ひたむきな愛情表現を真正面から受け止めるように抱き上げてみれば、薄着になった身体に犬の鼓動がはっきりと伝わってきたのだ。それが一途に駆けてきたことと、飼い主と存分に遊べることの喜びで高鳴っているためだと理解しつつ、思いのほか早く打つ鼓動が、楽しいだけの気分に一点の影を落とす。一生に打つ鼓動はどの動物でも同じ……。この従順な愛すべき家族が意外な早さで大人になってしまう事実に抱きしめる腕に力がこもる。〈たわわなる枇杷ごと家の売り出さる〉〈単身の窓に馴染みの守宮かな〉『東京松山』(2012)所収。(土肥あき子)
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