October 091997
柳散る銀座に行けば逢へる顔
五所平之助
何の取り柄もない句だが、そこが取り柄。秋風が吹いてくると、突発的発作的に人恋しくなるときがある。誰かに会いたい、ちょっとした話ができれば誰でもかまわない。そんなときに、酒飲みは常連として通っているいつもの酒場に足が向いてしまう。その場所がたまたま銀座だったというわけだが、銀座名物の「柳散る」が作者の心象風景を素朴に反映していて好もしい。五所平之助は『煙突の見える場所』(1953・椎名麟三原作)などで知られる映画監督。そういえば、この句には懐しい日本映画の一場面のような雰囲気もある。(清水哲男)
October 081997
竹に花胸よぎりゆくものの量
小宮山遠
竹の開花は秋。といっても、竹の花はめったに咲かない。開花すると、実を結んだ後で枯れ死してしまう。六十年に一度という説もあるくらいで、非常に珍しい現象だ。したがって、歳時記によっては「竹の花」や「竹の実」を秋の項から省いているものもある。一生に一度見られるかどうかという「竹の花」を見れば、誰しもが作者のような心境になるはずである。ここで「量」は「かず」と読む。私は二十代のときに、一度だけ見たことがある。たまたま訪れた故郷山口県むつみ村の山々が黄変していて、ただならぬ気配であった。友人宅の縁側から、呆然として見つめた思い出……。カメラを持っていなかったのが悔やまれる。余談だが、その何日か後に下関球場で投げる池永正明投手(下関商業)を見た。投げるたびに、彼の帽子は地に落ちた。竹の花季に、彼は野球人生の絶頂期にさしかかりつつあったのである。(清水哲男)
October 071997
万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり
奥坂まや
不思議な句ですね。なんだか、わかったようなわからないような。くぼみが引力でできたのかね。ニュートンも驚く新発見。馬鈴薯(じゃがいも)は秋の季語。新じゃがは夏の季語。でもポテトじゃ季語は無理だろう。同じものでもカタカナは季語にならない? 鮭は季語でもサーモンじゃ駄目? 奥坂さんは1950年生れ。藤田湘子門。この句は自信作と見えて、句集に同名の『万有引力』がある。このひとも私、好きだなあ。(井川博年)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|