新聞で、練炭を売る北京の少年の写真を見た。日本のものより心持ち細長い感じ。




1997ソスN12ソスソス6ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

December 06121997

 膳棚へ手をのばしたる火燵かな

                           温 故

戸期の句。膳棚は椀などの食器を置いておく棚のことで、火燵(こたつ・炬燵)に入ったまま、何かを取るために棚の方に思いきり手をのばしている図。作者ならずとも、誰しもがそんな経験を持つ。だから、誰もがこの句にニヤリとしてしまう。漫画の「サザエさん」にも、似たようなシーンがあったような気がする。誰が言い出したのか、火燵には「無性箱」なる異名もあったという。近頃では室内暖房の様子も昔とはだいぶ違ってきて、炬燵も過去のものとなりつつあるが、炬燵がなくなっただけ、人の動きは活発になっただろうか。活発になったとしても、一家団欒の場が失われたこととの<損得勘定>はどんなものだろう。柴田宵曲『古句を観る』(岩波文庫)所載。(清水哲男)


December 05121997

 夜話や猫がねずみをくはえゆく

                           瀧井孝作

語は「夜話」。最近の歳時記では割愛されているが(私のワープロソフトでは「よばなし」と信号を送ってやると、ちゃんと「夜話」と出てくる。ソフト制作者も、ずいぶん古い言葉を知っているものだ)、「夜話(夜咄)」は冬の炉端でのくつろいだ談話のこと。長く寒い冬の夜には、炉辺談話もご馳走である。話し好きの友人が訪ねてきて、漬物か何かで一杯やりながら話に興じている傍らを、音もなくねずみをくわえた猫が通り過ぎていった。いまの家庭だったら絶叫ものだろうが、こんなことは昔は日常茶飯事だから、誰も驚かない。そんな猫をちらりと横目にしながら、何事もなかったように話はつづいていくのである。悠然と闇に消える猫。外では、小雪がちらついている。(清水哲男)


December 04121997

 雪雲を海に移して町ねむる

                           八木忠栄

国育ちの現代詩人の句。同じ作者に「ふるさとは降る雪の底母の声そ」という望郷の一句があり、豪雪の地であることが知れる。昼間いやというほどに雪を降らせた雲も、ようやく海上に抜けていった。いまは雪に埋もれた静寂のなかで、愛すべき小さなわが町は眠りについている……。「海に移して」というスケールの大きな表現が利いている。人が抗うことなどとても不可能な大自然への畏敬の念が、「町ねむる」にさりげなく象徴されているのだと思う。今夜も日本のどこかで、このようにねむる町があるだろう。海は出てこないけれど、にわかに『北越雪譜』(鈴木牧之)が読みたくなった。江戸期の雪国のすさまじい雪の話がいくつも出てくる。八木忠栄個人誌「いちばん寒い場所」(1997・24号)所載。(清水哲男)




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