蟾晞摩貂譏弱ョ句

December 20121997

 葉牡丹や過密に耐ふる外なけれ

                           川門清明

牡丹は、正月用に供される。花は四月頃に咲くが、もっぱら葉を観賞する植物だ。正直に言って、なんとなくくすんだ感じの色合いで、そんなに美しいと感じたことはない。ただ、食べられそうな葉だなと思っていたら、元祖は江戸期に渡来したキャベツなのだそうである。キャベツだから、葉っぱがギュウ詰めになっていて、つまり過密になっていて、仔細に見ると息苦しくなるような植物だ。この息苦しさに、ひたすら葉牡丹が耐えているように見えるのは、作者自身が現実の過密なスケジュールに耐えているからなのだろう。おそらく、歳末の感慨だ。昔から、葉牡丹を詠んだ句にさしたる佳句は見当たらないが、そのなかで、この句はなかなかに見事な出来栄えだと思う。葉牡丹を見直したくなってくる。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます