友人の賀状に、定年直前勤務先が倒産と。仕事始めの今日、彼はどうしているのか。




1998蟷エ1譛5譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

January 0511998

 重役陣初笑ひして散ることよ

                           榑沼けい一

事始めのオフィスでの一景。新年の挨拶が型通りに終り、重役陣がお互いに笑顔で散っていく。その笑顔もまた例年のように型通りなのであって、どうやら作者は彼らに好意を持てないでいるようだ。「初笑」の句というと、たいていは楽しい内容なのだが、この句は例外である。とくに今年のような不況の年に読むと、切なくなってしまう。今年は経営者の手腕がより問われる一方で、働く人たちの意識の改革も大いに迫られることになりそうだ。戦後の資本家は労働組合を骨抜きにすることにはなんとか成功したけれど、同時にみずからの骨もいっしょに抜いてしまった。例の不倫心中みたいなものである。これぞ、労働史上「初のお笑い」なのである。来年こそは楽しい「初笑」の句が掲載できますように……。(清水哲男)


January 0411998

 四日はや過ぎたりただの冬の雨

                           中山純子

語は「四日」。一月四日のこと。ちなみに「元日」からはじまって「二日」三日」「四日」「五日」「七日」はすべて新年の季語である。「六日」はない。それほどに昔の正月の一週間は、毎日の変化があり、区別をすることができたのだろうし、その必要もあったと思われる。いまでも、普段の年なら「四日」は仕事始めだから、気分は三が日とは大違いだ。その意味では「四日」という季語は生きている。作者もそのことを言っており、仕事始めの嫌な雨に正月気分をすぱりと断ち切っているのだ。このように現実にすっと入っていけるのは、どうやら女性に特有の能力らしい。そこへいくと、男はだらしがなくて、アメが降ろうがヤリが降ろうが、なかなか正月気分から抜けきれないで、いつまでもグズグズしている。(清水哲男)


January 0311998

 まつかれてたけたくひなきあしたかな

                           作者不詳

年早々、頭の体操です。この句は、どう読んだらよいのでしょうか。時は戦国時代。元亀四年正月。浜松北方の三方ケ原で武田軍との合戦に破れ、浜松城に逃げ帰りシュンとしていた徳川家康のもとに、武田方よりこれみよがしに上掲の句が届けられた(昔の戦さは呑気なところがあった)。読んでみると、「松(松平=徳川)枯れて竹(武田)類なきあしたかな」とあり、要するに、これからは武田の天下なんだぞと書いてあった。家康にしてみれば、結局はこの敗戦が生涯唯一のものになるわけだから、その意気消沈ぶりもすさまじかったに違いない。そんな心境の彼に、句の追い討ちである。まいったなあ。落ち込んでいると、徳川方にも知恵者がいた。「殿、おそれながら……」と、彼は独自の読み方を披露してみせたのである。すなわち、「松枯れで武田首無きあしたかな」と。これで家康も元気になった。で、ここからが本題。いまだに東京などで門松の竹を槍のように尖らせているのは、このときの「武田首無き」という徳川方の解釈に由来している。武田の地元である山梨県や外様大名の支配下にあった土地では、門松の竹は節のところから水平に切り落として飾るのが普通だ。お宅は、どちらでしょうか。(清水哲男)




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