「抒情文芸」で投稿詩の選をやっている。今号は病気の詩が多く、当方も心細くなる。




1998蟷エ1譛26譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

January 2611998

 天地無用のビルにて蟹が茹で上がる

                           夏石番矢

物の外箱などに書いてある「天地無用」という言葉は、苦手だ。どうも解せない。「上下をひっくり返さないように」という意味なのだが、つい反射的に逆の意味に取ってしまう。「無用」というのだから、その「必要がない」、つまり「どっちでもよい」と思ってしまうのだ。しかし、この場合は「落書き無用」などと同じように、「どっちでもよくはない」ということである。そりゃ、そうだ。ビルを逆様にされたら、たまったものじゃない。でも、ビルなんぞというものは荷物と同じで、逆様にしてもどうってことはない形状をしている。なべて人工の極は、引力を問題にしないような不遜な姿として現出してくるようだ。そんなビルの小料理屋で、いましも真っ赤にこれまた「天地無用」の姿の蟹が茹で上がった。何やってんだろうねえ、俺たちは、……という苦笑の図。苦笑の根元には、向けどころのない怒りもある。俳句で「蟹」は夏の季語だが、当サイトでは「蟹茹でる」という冬の季語を発明しておく。『猟常記』(1983)所収。(清水哲男)


January 2511998

 この雪に昨日はありし声音かな

                           前田普羅

訣の句。前書に「昭和十八年一月二十三日夕妻とき死す、二十四日朝」とある。ときに普羅五十九歳。死と雪といえば、なんといっても宮沢賢治の「永訣の朝」が有名だ。「けふのうちに/とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ/みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ……」。賢治は二十七歳だった。賢治の詩がパセティックなのに比して、普羅の句は静謐な心境を写している。別れた対象の違いもあるが、やはり年輪から来る覚悟の差であろう。「家にも盛りがある」と書いたのは現代詩人の以倉紘平だが、普羅の境涯は妻の死を契機にするようにして、雪崩れのように下降していった。二年後には富山空襲で一切を失い、老いの身に漂泊の日々がつづくことになる。もとより誰にも自分を待ち受けている運命はわからぬが、家人の「声音」や物音が聞こえる状態にあれば、それをもって、まずは幸福な時期と言うべきなのであろう。『春寒浅間山』(1946)所収。(清水哲男)


January 2411998

 踏切の向かふにあれば冬の顔

                           中村菊一郎

切で遮断機が上がるのを待つ。こういうときは所在ないもので、なんとなく向こう側で待つ人たちの顔を眺めていたりする。みんな寒そうな顔をしている。ただそれだけのことであるが、作者のまなざしはなかなかに鋭い。待っている人たちは所在がないのだから、ほとんどの顔は無防備なわけで、寒さの中で素直に寒い表情になってしまっている。だから、みんな同じような表情をしている。遮断機が上がって歩きだせば、それぞれの人がそれぞれの表情を再び取り戻すだろう。さりげない日常の光景をこのようにつかまえるのは、意外に難しい。この句にはどこかとぼけた味もあって、天性とでもいうべき「俳句的センス」を感じさせられる。こんな視線で町を歩ける人は、きっと楽しいでしょうね。「俳句研究年鑑・1994年版」所載。(清水哲男)




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