現代詩手帖2月号に、井川博年「『OLD STATION』と余白句会の人々」が載っています。




1998蟷エ1譛30譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

January 3011998

 前略と激しく雪の降りはじむ

                           嵩 文彦

(だけ)文彦は、生まれも育ちも北海道で、現在は札幌在住の詩人。医師。この発想は、雪の多い地方の人ならではのものだろう。「雪は天からの手紙です」と言ったのは、たしかフランスの詩人だった。が、散文的な大雪はドカンと挨拶なしに「前略」で降ってくるというわけだ。それにしても「前略」とは言いえて妙。俳諧的なおかしみが生きている。自由詩では、なかなかこんな具合には書けない。伝統定型の強みだ。しかしこの魅力は、自由詩を書く人間にとっては、大いに「毒」である。最近、この「毒」にいかれた詩人がかなり増えてきた。もとより私もその一人だが、解毒剤はあるのだろうか。たぶん、安直なそれはないような気がする。もうこうなったら、「皿」までいっしょに食ってしまおうと覚悟を決めた。しからば、その先に何があるのか。それは、誰にもわからない。『実朝』(1998)所収。(清水哲男)


January 2911998

 女番長よき妻となり軒氷柱

                           大木あまり

間にはよくある話だ。派手好みで男まさりで、その上に何事につけても反抗的ときている。将来ロクなものにはならないと、近所でも折り紙つきの娘が、結婚と同時にぴたりと大人しくなってしまった。噂では、人が変わったように「いい奥さん」になっているという。作者も、娘の過去は知っているので気がかりだった。で、ある日、たまたまその娘の嫁ぎ先の家の前を通りかかると、小さな軒先に氷柱(つらら)がさがっていた。もちろん何の変哲もない氷柱なのだが、その変哲の無さが娘の「よき妻」ぶりを象徴していると思われたのである。ホッとした気分の作者は、そこで微笑を浮かべたかもしれない。よくある話には違いないが、軒先のただの氷柱に「平凡であることの幸福」を見た作者の感受性は、さすがに柔らかく素晴らしいと思えた。『雲の塔』(1993)所収。(清水哲男)


January 2811998

 鉢うへの松にかぶせる頭巾かな

                           住田素鏡

鏡は、江戸期信州長沼の人。一茶門。富裕な百姓で、一茶はしばしば厄介になっていたようだ。なんということもない句だが、大切な松の木に頭巾をかぶせてやるという優しさに、一茶につながる心根が感じられる。実はこの句は、同門であった松井松宇の還暦賀集『杖の竹』に寄せたもので、句の「松」には二重の意味、つまり挨拶が込められている。頭巾といえば、私の世代では命からがらの時のための「防空頭巾」だが、江戸期には防寒用として広く用いられ、お洒落感覚でかぶった人も多かったという。なかには覆面に近いものもあり、幕府はたびたび禁じている。ところで、前書の素鏡の頭巾論はこうだ。「頭上より背まで能覆ふべし。凩の強きも能ふせぐべし。頬は少し出れど、つらの皮の本千枚ばりならバ構ひなかるべし」と。この茶目っ気も一茶に通じている。栗生純夫編『一茶十哲句集』(1942)所収。(清水哲男)




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