渋沢孝輔さんが亡くなった。最近先輩知己の訃報多し。かくして時代は変っていく。




1998ソスN2ソスソス9ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

February 0921998

 うすぐもり都のすみれ咲きにけり

                           室生犀星

見事ッ。そんな声をかけたくなるほどに美しい句だ。前書に「澄江堂に」とあるから、芥川龍之介に宛てたものである。田端付近の庭園か土手で、咲きはじめの菫をみつけたのだろう。いつもの年よりよほど早咲きなので、早速龍之介に一筆書いて知らせたというわけだ。意外に早い菫の開花に、作者はもちろん興奮を覚えているのだが、そこはそれ抒情詩の達人犀星だけあって、巧みにおのれの興奮ぶりを隠している。彼の俳句は余技ではあるけれど、興奮をそのまま伝えるのが野暮なことは百も承知している。実景ではあろうが「うすぐもり」と出たのは、そのためである。これで作者は粋になった。つづいて「都のすみれ」で、花自体をも粋に演出している。ちっぽけな花をクローズアップしてみせるという粋。さりげないようでいて、この句ではそうした作者の工夫が絶妙な隠し味になっている。受け取った芥川は、すぐに隠し味がわかっただろう。にやり、としたかもしれない。独自の抒情を張って生きるのは、なかなか大変なのである。(清水哲男)


February 0821998

 春淺し止まり木と呼ぶバーの椅子

                           戸板康二

近、バーというところには行ったことがない。若いころには気取りもあってよく出かけたが、ちゃんとしたバーは神経が疲れていけない。料金も馬鹿にならない(こちらの理由が本音?!)。ほっとするためには、大衆酒場にかぎる。太宰治の写真で有名な銀座の「ルパン」には何度か入ったことがあるが、椅子はまさに「止まり木」で、座ると足が宙に浮いた。この句も、そんな高い椅子に腰掛けての発想だろう。浅いとはいえ、春は春だ。「止まり木」にとまる春鳥になったような気分も悪くはないと、作者は上機嫌である。上手な句でもなんでもないが、この気分はいまどきの呑み助けにも気持ち良く通じるだろう。はしゃいだ句も、たまにはいいものだ。作者は著名な演劇評論家であり、推理小説も書いた。1993年没。『袖机』(1989)所収。(清水哲男)


February 0721998

 二月商戦眉目秀麗のピエロ得て

                           ねじめ正也

から「二八(にっぱち)」といって、二月と八月は商売人の厄月。物が売れない月である。そこで商店街では、いろいろと工夫をこらして客寄せをする。作者のところでは、にぎやかしにピエロを雇うことにしたのだが、やってきたその人の素顔は眉目秀麗の美男子だったので、みなびっくりした。と同時に、美男子のピエロに一抹の不安も感じている。なにせピエロといえば、親しみやすい愛敬が売り物なのだから、こんな美男子に本当にピエロがつとまるのか、という不安である。しかし、しかるべきルートを通しての話なので、商店街としてはもはや前進あるのみ。やるっきゃない、のである。というわけで、半信半疑のままに「いい男のピエロ」に「二月商戦」の宣伝を託しての複雑な心境を詠んだ句と見た。このとき、作者は東京は杉並区高円寺で乾物屋を経営していた。長男である作家・ねじめ正一の小説『高円寺純情商店街』に、町の雰囲気や人々の模様が活写されている。なお、句の作者であるねじめ正也氏は、この二月二日に七十九歳で他界された。合掌。『蝿取リボン』(1991)所収。(清水哲男)




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