赤い旗には新緑がよく似合う。未組織労働者として三十年余。眺めるだけの祭典。




1998蟷エ5譛1譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

May 0151998

 春風の日本に源氏物語

                           京極杞陽

集では、もう一句の「秋風の日本に平家物語」とセットで読ませるようになっている。どこか人をクッたような中身であり構成であるが、作られた年代が1954年であることを知ると、むしろ社会の流れに抗議する悲痛な魂の叫びであることがわかる。戦後も、まだ九年。私は高校二年生だった。何でもかでも「アメリカさん」でなくては夜も日も明けないような時代で、日本の古典なんぞは、まず真面目に読む気にはなれないというのが、多くの庶民の正直な気持ちだったろう。事実、たしかに私は高校で『源氏物語』を習った記憶はあるけれど、そんなものよりも英語が大事という雰囲気が圧倒的だった。だからこそ、逆にそんな風潮を苦々しく思っていた人もいたはずである。作者は一見ノンシャラン風に詠んでみせてはいるのだが、この句に「我が意を得た」人が確実に存在したことは間違いないと思われる。「反米愛国」は、かつての日本共産党のスローガンだけではなかったということだ。『但馬住』(1961)所収。(清水哲男)


April 3041998

 迂回せぬ蟻天才と思ひけり

                           吉岡翠生

供の頃は、退屈しのぎによく蟻たちの様子を見て過ごした。ついでに、蟻塚に水をぶっかけるという非道なこともした。おおかたは集団で整然と行動する蟻だが、たまに単独行動をするヤツもいた。そんな蟻のことを、私はいまで言う「落ちこぼれ」だと思っていたが、作者は違う。「天才」と直感している。同じ決めつけにせよ、この見方のほうが、よほどいい。暖かい。とかく暗い方向へと傾きがちな私の感覚からすると、まことに羨ましい感性の持ち主と写る。よほど蟻が好きな人なのだろうか、同じ作者にこんな句もある。「追ふてゐるつもりの蟻が追はれをり」。ところで、最近はかがみこんで蟻を見ている子供など、ほとんどいなくなってしまった。たまに見かけると、この子はそれこそ「天才」かなと思ったりしてしまう。なお、季題としての「蟻」は夏に属する。念の為。「俳句文芸」(1997年7月号)所載。(清水哲男)


April 2941998

 やまざくら一樹を涛とする入江

                           安東次男

っそりとした入江に、一本の山桜の姿が写っている。あまりにも静かな水面なので、涛(なみ)がないようにも見えるのだが、山桜の影の揺れている様子から、やはり小さな涛があると知れるのである。いかにもこの人らしい、いわば完璧な名調子。文句のつけようもないほどに美しい句だ。すでにして古典の趣きすら感じられる。「俳諧」というよりも「俳芸」の冴えというべきか。そこへいくと同じ山桜でも、阿波野青畝に「山又山山桜又山桜」というにぎやかな句があり、こちらはもう「俳諧」のノリというしかない世界である。次男の静謐を取るか、青畝の饒舌を取るか。好みの問題ではあろうけれど、なかなかの難題だ。ここはひとつ、くだんの山桜自身に解いてもらいたいものである。『花筧』(1991)所収。(清水哲男)




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